踊ろうマチルダ @ 新宿レッドクロス(31st Oct '09)
放浪の意味
十数年前、少しでもまとまった休みがあると夜行バスで日本各地に行っていたことがある。そのときも東京から京都に向かっていた。バスが三条京阪に着いたのはまだ空が暗かった。電車が動くまでの時間まで当てもなく歩き回り、人気のない新京極に差し掛かったときにウォークマンに入っていたカセットテープはトム・ウェイツの『ナイトホークス・アット・ザ・ダイナー』だった。この時間、この場所でトム・ウェイツは完璧にハマっていた。
マグのライター、タイキが「トム・ウェイツ好きでしょ」と勧めてきたのが踊ろうマチルダだった。会場の新宿レッドクロスは賑わいからは外れたところにある。オフィスビルが並び、通りを挟んだ向こうにはラブホテル街だ。周辺の人通りは少ないけど、地下にあるライヴハウスの扉を押すと、入口までお客さんがびっしり詰まっていた。
踊ろうマチルダは釣部修宏の弾き語りである。サポートとして、この日はアコーディオン、パーカッション、ウッドベースが参加している。オーストラリアで、荷物のことを「マチルダ」といい、「マチルダと踊る」というのは放浪を意味するらしい。その意味するように、大陸を放浪するシンガーのイメージが重なるような歌を作る。酒とタバコで枯れた声でフォークやブルースを歌う放浪者。すなわちトム・ウェイツである。アサイラム・レコード時代や『レインドッグス』のトム・ウェイツを彷彿とさせる。
歌の中に舞台を設定して登場人物を演じるという歌詞が主なスタイルである。太陽が照り付ける昼の生活よりも、夜に暮らす人たちを描く。新しく出たアルバムは『夜の支配者』という。夜のイメージにこの声は相応しく、彼の作り出すドラマのイメージを喚起させる。ただ、自分がちょっとひっかかったのは、舞台の設定が外国、西部劇映画に出てきそうなアメリカに思えてきてしまう。それだけトム・ウェイツあたりの影響が濃厚ではある。だけど、まんま日本語で歌われると、過去たくさんのフォークやブルースに影響を受けたシンガーソングライターたちがこうした架空の外国を歌ってきているので、歌詞が文切型に聴こえてしまう。少なくともこの日のライヴではそうした歌を聴くことはなかった。アメリカなどの外国が憧れの地であった時代ならそれも「ここでないどこか」を求めるものとして、そこに共感があったけど海外の個人旅行が珍しくない今はそうでもない。そうした現状を踏まえて、もっと日本を歌の中に折り込んでもいいのではないかと思った。
というのはアンコールで「遊びで」カバーした北原ミレイの"石狩挽歌"をラテンぽくアレンジしたものが素晴らしかったからだ。北海道のニシン漁を歌ったこの作品だって身近に感じる人なんて、今の日本にそんなにいない。だけど、釣部修宏の声によるこの歌で情景を作り上げた。トム・ウェイツが新京極でシンクロしたようにどんなにドメスティックな表現でも優れていれば時空を超えて訴えるものがあるはずだ。踊ろうマチルダは、このライヴに至るまで日本全国をツアーして回っていた。そのときに見た国道沿いの駐車場が大きいコンビニとか、でっかいショッピングモールとか、パチンコ屋とか、ファミレスとか、転がり込んだ築30年のアパートとか、そうした中での放浪の意味を問うような歌を聴いてみたくなるのだ。
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report by nob and photos by tiki
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