ベック @ ゼップ東京 (26th Mar. '09)
ラフな玄人集団
ライブ会場に向かう道中というのは、とかく楽しいものだ。憧れのアーティストに会える、大好きな曲を生で聴けると思うと、期待と興奮で胸が高鳴り、ついつい小走りになってしまう。中でも、ベックのライブに行く時のワクワク度数は群を抜いている。彼が最高のエンターテインメントを見せてくれるとわかっていても、毎回必ず、その予想を遥かに超えるものが待ち受けているからだ。
これまでも、ゴージャスなベッドの上で歌ったり、人形劇をやったり、テーブルをセッティングしてディナーを食べたりと、意表をつく演出の数々に驚かされてきた。オモチャ箱をひっくり返したようなカラフルでポップな空間が、ベックのライブのお約束だ。さーて、今日は何が出るかな、タラリラン♪……とプレゼントの包みを開くような気持ちでゼップ東京の扉を開けると、そこには30体もの真っ白なマネキン(オール男子・オール全裸)がズラリと並んでいた。あ、あの、ベックさん、この方たちはいったい??
ポカーンと口を開けてアホ面をさらす私の目の前で、フロントアクトのゆらゆら帝国が熱のこもったライブをくり広げる。準備万端なマネキンコーラス隊の前で演奏する彼らの姿は、かなりシュールな光景だった。それはさておき、オアシス日本公演の時も思ったけれど、最近のお客さんはフロントアクトもしっかり見ますね。場所取りではなく、きちんと演奏に耳を傾けているのがとても良い感じ。フロアは積極的にライブを楽しもうという空気に満ち、ゆらゆら帝国にもあたたかい拍手が送られていた。
長い転換時間を経て、いよいよベックが登場。全身黒ずくめのファッションに大きなサングラス、髪はサラサラのブロンドショート。白と黒のツートンカラーのギターを抱えて立つその姿は、以前の「ほっぺの赤いベックちゃん」的なイメージとは明らかに異なる。メンバーを総入れ替えしたバンドも、やんちゃ色が薄れて、ちょっと無機質な感じ。これはなんだか新しいベックだぞ、と若干の戸惑いと共にステージを見つめた。
微動だにしない(当たり前)マネキンコーラス隊の前で、ベック率いる質実剛健な玄人集団が淡々と演奏していく。ショーアップはされていないけれど、ラフなパフォーマンスの中心に、間違いなく最高の音楽が流れている。最初は少し身構えていたお客さんも、徐々に肩の力が抜け、リラックスした様子で音楽を楽しみ始める。最新アルバム『Modern Guilt(モダン・ギルト)』には、シンガー・ソング・ライターのキャット・パワーがコーラスで参加して花を添えていたが、今回のバンドメンバーにも女の子がひとり。やっぱり女声がひとつ加わるだけで、ずいぶん華やかになるし、なごむなあ。
ゆったりとした空間に、"Orphans(オーファンス)"、"Chemtrail(ケムトレイル)"といった美しいメロディがゆるゆると流れていく。以前だったらギンギラに盛り上がっていたであろう"Where It’s At(ホエア・イッツ・アット)"のようなダンス・チューンも、あっさりさっぱり薄味バージョンで、高揚感がわざと抑え込まれている感じ。このぬるま湯感(ほめ言葉)が耳にも身体にもやさしくて、とても気持ちいい。その一方で、"Clap Hands(クラップ・ハンズ)"のイントロでベックが「ジャスト・クラップ・ユア・ハンズ!」とあおれば、フロアの熱がワッと上昇してクラップがきれいに決まる。みんな、静かに興奮しているのだ。
もともとベックは、フォークやブルースに軸足を置いている。そこにヒップホップやファンク、ソウルなどを注ぎ足して、独自の音楽を作り出す。自分の好きな要素を盛り込みながら、音楽のいろいろな聴き方や楽しみ方を教えてくれる。シンプルな構成の今回のライブで、彼の持つ素養のすごさを改めて思い知らされた。次に会う時、ベック先生は私たちにどんな指南をしてくれるのだろう? 最後までピクリとも動かなかった(動いたら怖い)マネキンたちの行く末と合わせ、すごーく気になる。
-- setlist --
DEVIL’S HAIRCUT / MINUS / LEOPARD / SOUL OF A MAN / ORPHANS / GAMMA RAY / CHEM TRAILS / MODERN GUILT / YOUTHLESS / GUERO / WHERE IT’S AT / PARADISCO / GIRL / HELL YES / BLACK TAMBOURINE / CLAP HANDS / WALLS / REPLICA / PROFANITY / BROKEN DRUM / SOLDIER JANE / VAMPIRE / LOSER / SEXXX LAWS / EPRO
(原文まま)
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report by satori and photos by izumikuma
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