ベック @ NHKホール (25th Mar. '09)
早春のベック
前回の来日レポートでも書いたけど、ベックは春の季語にしてもいいくらいこの時期に日本に来る。1999年以降、フェスを除く過去4回の単独来日ツアーは全て3月から5月の間におこなわれているのだ(1994年は夏、1996年は秋)。とはいえ、春はまだ名のみの寒さが残る一方、ウチの近所の桜のつぼみもふくらみかけている、そのような季節がうつろう時期の記憶とベックの姿が強く結び付くのだ。
この日の会場はNHKホールだった。ライヴとしては1992年にライドを観たとき以来だから、かなり久しぶりである。思ったより広く(渋谷公会堂と東京国際フォーラムの間くらいキャパシティ)、長年使われているけどちゃんとメンテナンスが行き届いて小綺麗な会場だ。
ステージを見ると、30体くらいのマネキンが置かれているのが目立つ。それが何を意味するのか、どのような使われかたをするのか、始まる前はワクワクした。だけど、もうツアーも終わったことだし、結論を先にいってしまうと、何も使われなかった。中盤にベックがジャケットをそのうちの一体にかけただけで、そのマネキンたちが何をするでもない。前回はパペットを効果的に使ってエンターテイメントを存分に感じさせたのだけど、ただ置かれている多数のマネキンというのはシュールな光景を狙ったのだろうか。
20分押しぐらいにライヴが始まる。ラフでノスタルジックな感じが漂うロックンロール色がある新譜『モダン・ギルド』の感触をそのままステージに移したような演奏だった。今までもベックはステージでは生演奏感を大事にしてきたけれども、今回はさらにメンバーを絞り、シンプルさも追求したのだった。ただ、例えば"ザ・ニュー・ポリューション"や"ジャック・アス"などの過去の曲はサンプリングを使っていた。もちろんそれも違和感なくバンドサウンドに組み込まれている。中盤にはメンバー全員がステージの際まで出てきてカオスパッドを使ってエレクトリックなところも見せたけれども、全体的には生な演奏の印象が残るのだ。
いにしえのブルースマンのようにボトルネック奏法で存分に泥臭いブルース(一説によるとライ・クーダーの"Feelin' bad bluesと"とある。確かに聞き直すとこの曲かもしれない)をソロで弾きまくってから"ルーザー"のイントロに突入したところが、この日のハイライトだった。続く"セックス・ロウズ"はスピードアップしたアレンジになっていて、この曲が持つ狂騒感をさらに引き出して本編が終わる。
アンコールは"ホエア・イッツ・アット"と"E-PRO"。考えてみれば、生演奏で「ツー・ターンテーブル・アンド・マイクロフォン〜」("ホエア・イッツ・アット")と歌うのもシュールである。それにしても、2003年は桜満開のときでベックの演奏も華やかに、2007年は桜散り際で夏に向けて爛熟したベック、そして今回はつぼみがふくらみかけのシンプルなベックというのを見せてくれる。やっぱりどこか季節とリンクしている。
かなりの盛り上がりを見せたし、コール&レスポンスも決めたけど、どうも椅子がある会場だと全体的なうねりを生み出せなかったかなと、ちょっと残念。もちろん観た位置にもよるだろうけど(自分は3階席の一番後ろ)、この日のようなアレンジならフリースタンディングのライヴハウスの方が似合っていたと思う。99年に厚生年金会館で観たときは、アコースティック・ソロの比率が今より高かったので椅子席でもよかったのだけど。だから、あの演奏なら翌日のゼップの方がしっくりきたのだろうなと羨ましく思えた。
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report by nob and photos by hiroshi
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