Smashing Mag / Vic Ruggiero (ビクタールジエイロ) @ Shimokitazawa 440 (16th Jun. '08)

　確か、ザ・スラッカーズのメンバーから聞いた話ではなかったかと思うんだが、実をいうと、ヴィックはボブ・ディランとブルース・スプリングスティーンの大ファンで、コレクターなんだそうな。昨年3月も同じ会場で、同じようにザ・スラッカーズのツアー前哨戦のような趣で開催された前回のライヴでも感じたことなんだが、ソロでのライヴやアルバムを聴いていると、それが実によくわかる。このところ愛聴しているアルバム、今回の来日を前に発表された『Something in My Blindspot（サムシング・イン・マイ・ブラインドスポット）』でも、思い出すのは、そういったシンガー＆ソングライターの数々で、デュエットで収録されている曲を聴きながら思い出したのは、先頃また再発されたジェフ＆マリア・マルダーの名作、『Pottery Pie（ポッテリー・パイ）』。このあたり、中年のロック親父たちが好んで聴くアルバムだ。

　おそらく、そういった昔の作品を聞いているファンがヴィックのライヴを見ることもなければ、ザ・スラッカーズを体験することもないんだろうと、複雑な気分になる。もちろん、その逆もしかり。ザ・スラッカーズのファンがディランやスプリングスティーン聞くことは希だろうし、先頃来日したジェフ・マルダーに至ってはその存在さえも気付いていないのではないかもしれない。それ以前に、両者が共に互いの音楽を全く知らないでいるのではないかとも思う。

　もちろん、音楽にしろなににしろ、それは出会いの問題で、知っているから偉いのでもなければ、知らないから悪いのでもない。が、ちょっとドアを開けるだけで、あるいは、ノックするだけでその向こうには未知の世界が広がっているもの。そんなことを知るべきなんだろうと思うし、知らず知らずのうちにとらわれている殻から抜け出して、「いい音楽」を聴きたいと思う。それは誰に対してでもなく、自分自身に対して思うこと。この日のライヴをみながら、そんなことを思っていた。

　ザ・スラッカーズのイメージというと、当然ながらニューヨーク・スカ・シーンの最重要バンドと言っていいだろう。オーセンティックなスカからクラシックなロック・ステディにルーツ・レゲエから、ちょいと2トーン的なニュアンスを感じさせる存在だ。でも、『ペキュリアー』というアルバムに収録されているボブ・ディランの名曲カバー、「アイ・シャル・ビー・リリースト」のロック・ステディ・ヴァージョンを初めて聞いた時、彼らがけっしてジャマイカかぶれではないんだということがわかったような気がして嬉しかったものだ。おそらく、このあたり、ヴィックの指向性が形になったんだろうと察する。とはいっても、あれだけメンバーがいれば、それぞれがいろいろな音楽を聴いていて当然のこと。ただ、ジャズやクラシックなR&Bならまだしも、一般的には接点がなさそうなディランとスカが混ざり合っていたことが、しかも、それが極上のヴァージョンに仕上げられていたことが嬉しかった。。

　一方で、オリジナルなスカやレゲエに見られるレベル・ミュージックとしてのエッセンスもちりばめられている。同じく、それはディランやスプリングスティーンとて同じこと。スタイルや楽曲という焦点の向こうに広がる「音楽」の魅力をこんなところでまた発見できたような気がするのだ。某レコード店の宣伝文句じゃないけど、音楽がなければ人生もない。「音楽」は着飾るような装飾品でもスタイルではなく、「生き方」なんだというのがよくわかる。

　いみじくも、このステージででヴィック自身が口にしていたことなんだが、「音楽なんて、いい音楽と悪い音楽しかないんだよ」というのは、その通りだと思う。古いとか新しいとか、売れているとか売れていないとか、ジャンルがどうしたとか、そんなものは無関係。いいものはいい。ビリー・ジョエルだって魅力があるし、スティーヴ・ミラー・バンドだっていいじゃないか。そんなアーティストのカバーも飛び出したことで、そんなことをしっかりと再確認させてくれたのがこの日のライヴ。この翌日から始まるザ・スラッカーズのツアーでも、おそらく、同じようなことを感じるんだろうと思う。