アリー・カー @ 大阪マーサ (5th Apl '08)
スープは冷めない距離で、音楽は人肌を感じる距離で
音の反響を考え尽くされた最新の設備があるわけでもない、ステージに上がる人を最大限に見栄えよくするための照明もない、とっても暗いし、狭い、そして根菜類特有の大地の香りが包む場所……そんな場所は一体どこなのか? その答えは大阪は阿波座にあるレストランバー、マーサ。薄暗い店内に足を踏み入れると、頭の上からは小さな鳥の形をしたライト
がほんのりとした灯りでお出迎えしてくれ、使い込まれた木の机が暖かさを添えてくれる。マーサは本来ライヴを観るための空間ではなかったけれども、私の理想のライヴの形を叶えてくれたひと時だった。
そこに集うは、スコットランドはグラスゴーからのお客様、アリー・カーと迎えるはプレクトラム、 新井仁の面々。そう言えば、ここしばらく、日本人アーティストのライヴをじっくりと観たことがなかった私であって、アリーのステージを観るのと同じくらい楽しみにしていた。いや、日本語って面白い! 今さら何を……と怒られそうだけど、初めて聴く歌なのに、意識して全てを理解しようとしなくても、聞こえてくる言葉が脳に伝わる頃には、絵を添えて理解させてくれるのだから。私が日本人であるがゆえの日本語の面白さよ!
そんな間、お店の隅っこにいてライヴを見守っていたアリーは少しだけナーバスに見えなくもなく、時折、ひんやりした空気を吸って自分のリズムを取り戻すかのように外へと出ていっていた。ステージに立ってギターを構えると研ぎ済まされたアーティストの目へと変わり、『オフ・ザ・レーダー』の曲を中心にそっと歌い始めた。目の前で歌うアリーの声は囁くという簡単な表現で終わらせるにはもったいない表情豊かな繊細さを持っている。"ゼアーズ・ア・ワールド"はアルバムよりもゆったりと、日本とは違う青、違う形、違う高さを持ったグラスゴーの空をもたらしてくれる。あのグラスゴーの街で、アリーにとってのとっておきなものは何なんだろう? と想像させつつ聴く"ビー・ザ・ワン"……アリーの一挙手一投足というより、ひと呼吸ごとに、伝わってくる音の表情がひしひしと伝わってくる、この距離感が本当に心地いい。途中からはプラクトラム、新井仁を交えてステージに立ち、たった一人のステージに違ったエッセンスを加えていく。日本とスコットランドと異なる場所で育ち、違う文化のなかで自分を表現する方法を見つけた人たちが同じステージでひとつのハーモニーを作り出す。異なるモノと同じモノの共存を目にした夜でもあった。
人それぞれ、いいライヴの定義は違うと思う。何もかもが揃えられた場所でのライヴもいいライヴの条件だろう。野外のフェスにひとつの集合体と化したオーディエンスという環境もまたそのひとつだろう。ライヴを観る側のテンションとかタイミングによっても、いいライヴというものは違ってくるのだろう。この日のライヴは私にとってひとつの理想形のライヴであったと行っていい。ただ、この日のライヴでひとつ不満があるとすれば……音楽にプラスして、おいしい料理をもてなしてくれるという場所でもあったのだけれど、演奏が始まると、ナイフやフォーク、食器との交わるおいしそうなカチャカチャした音が一切聞こえてこなかったことだった。とっても貴重な音楽を聴くことができるチャンスであり、そのすべてを余す事なく観ておきたい、他の人の邪魔をしてはいけないと思うことは全く悪いことではない。でも、音楽ってもともとはそんなに特別なものではなく、もっともっと手の届くところにあって、みんなのものであるものではないのかな? そういう場所からもまた音楽が産まれるんじゃないのかな? そういう循環がこんな場所でもできればいいのに……そんなゼイタクな思いも少々。
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reviewd by kuniko photos by yegg
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