ファイスト @ シェファーズ・ブッシュ・エンパイア、ロンドン (24th Sep. '07)
おしゃべりさえも歌になる
ここ2〜3年でiPodの個人所有率は世界規模に飛躍した感がある。日本では言うまでも無く、ロンドンの街を歩いていてもすれ違う人の三人に一人はあの白いイヤフォンを付けているし、ヘッドフォンを変えてiPodを聴いている人を挙げれば恐らく相当な数に違いない。コンパクトで高音質な携帯型プレイヤーは、音楽好きの人達にとっては、もはや必須アイテムとなっているのだろう。そのiPodの発売元であるアップル社の公式サイトにて、最新型iPodnanoのコマーシャル・チューンとして流れている"1234"を歌うのがカナダ出身のシンガー・ソングライター、ファイストこと、レスリィ・ファイストだ。2004年発表したデビュー・アルバム『レット・イット・ダイ』で世界的な脚光を浴びた彼女は、同じカナダのインディ・バンド、ブロークン・ソーシャル・シーンの一員としても活躍し、エレクトロ・パンクの女王、ピーチズとアパートをシェアした時期を過ごすなど、ユニークな音楽的バックグラウンドを携えた人である。
ステージ上で真っ赤なグレッチを抱え、弾き語りを始めたファイストの歌声の、CDから聴こえてくる優しさとまろやかさを兼ね備えた響きもさることながら、思いの他太いのにまずは驚かされた。とはいっても、激情型の熱唱というわけではなく、丁度良い具合に力加減が抜けたハスキィ・ヴォイスで、囁きや掠れ声に近いロングトーンを2本のマイクロフォンを使って歌い分け、そのエコーに目を閉じ恍惚とした表情を浮かべる佇まいが、端正な容姿に美しく映えている。前半はほぼエレクトリック・ギターのみでモノローグの様な歌を、中盤からはバック・バンドも交えたダンサブルで聴き易いナンバーを持って来た構成で緩急を巧みにつけ、曲の合間にオーディエンスに気さくに話しかけ、ちょっとしたジョークもさらっと即席のメロディに乗せて軽やかに語りかけてくる彼女にその都度観客が沸く。コーラスの部分を一緒に歌って欲しい、と音楽の授業時の先生よろしく「アーアアー」とファンを取り込む姿が愛らしい。ただ演奏し、それに見入るだけという様なものではない、歌い手と聴き手の相互のコミュニケイションが生まれたこの光景には温かな一体感を見た。
ジャズやボザ・ノヴァを母体とした比較的まったりとしたサウンドは、休日の朝のまどろみの中で聴くにはぴったり。俗に分類されているほどのインディ・ロック色というものはそれほど感じなかったが、サラ・マクラクランやベス・オートン、はたまたノラ・ジョーンズらを好んで聴く人らには共通した魅力を見い出せることだろう。肩の力が抜け何となくハミングしたくなるのと同時に、ちょっぴりアンニュイな雰囲気も垣間見せるファイストの音楽にフレンチ・ポップスのカラーが窺えるのは、彼女がフランス文化圏であるカナダ人アーティストだからなのかもしれない。刺のない薔薇でも、綺麗なものはやはり綺麗だ。それが人であれ、音楽であれ。
-- setlist --
Anti-P / Musha / Honey Honey / Open Window / Secret Heart / Feel It All / My Moon My Man / Park / Sorry / Inside Out / Young Girl / Brandy Alex / Hooked Up / Past In Pres / 1234
-- encore --
Intuition / Sea Lion / Let It Die |
report and photos by kaori
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