STS9 (サウンド・トライブ・セクター・ナイン) @ 渋谷タワーレコードからメタモルフォーゼ'07 (22nd to 25th Aug. '07)
音で綴られる『はてしない物語』 - part1 -
これは『はてしない物語』の世界だ。今回、東京、名古屋、大阪、伊豆とサウンド・トライブ・セクター・ナイン(以下、STS9)の来日ツアーを廻って、私はそう感じた。『はてしない物語』はミヒャエル・エンデ著の長編ファンタジーで、私が幼い頃から愛読している大好きな本だ。
――――この本の主人公であるバスチアンは、ある日古本屋にて一冊の本に出会う。それが『はてしない物語』だ。バスチアンはその本を持ち去り、屋根裏部屋に隠れて夢中で読み出す。物語はファンタージエンという世界の話であった。ファンタージエンは滅亡の危機にあり、ファンタージエンの住人アトレーユとその相棒のフッフールはファンタージエンの危機を救うことのできる人間の子を探していた。というのも、人間の子が願うことによって滅び行くファンタージエンを救うことが出来るというのだ。一度は躊躇したものの、呼びかけに応えるバスチアン。気づいたときには自身がファンタージエンの世界にいた。そしてバスチアンが願いにより、新たなファンタージエンが創られていく――――
言わばファンタージエンとは、バスチアンの想像によって創造される世界なのだ。そして同じく『はてしない物語』の読者である私自身も、想像力を働かせることによってファンタージエンを創造し、ファンタージエンの住人となっていく。読み手が変われば、ファンタージエンの景色も変わるし、物語の筋書きも変わる。そして本が別の人の手に渡り、物語が読み継がれていく限り、ファンタージエンは永遠に続いていく。だから『はてしない物語』なのだ。
今回、STS9のライブを観た人は彼らから一冊の本を手渡されたのだ。物語のあらすじを綴るのは、STS9の音楽。ここで少しばかりお堅い話にお付き合い願いたいのだが、私が以前から興味を持っている現象に「共感覚」というものがある。これは音に色を見たり、匂いを感じたりといったように、刺激の入力に対して本来伴わないはずの感覚が生じる現象である。ここからは私の勝手な持論であって科学的な論証は不十分なのでさらっと聞き流す程度にしていただきたいのだが、この共感覚を引き起こす脳内メカニズムは万人が持っているものであり、そのメカニズムこそ私達の音楽聴取経験を豊かなものにしていると、私は考えている。私達が音楽を聴いて情景を思い浮かべたり、音に明るさや暖かみを感じるのも、共感覚保持者と同じ神経メカニズムがあるからであり、単にそれが意識レベルまで到達するか、無意識下での知覚に留まるかの違いであると思っているのだ。
ろう者フジロッカーであり、SIGN SONIC!'07の主催者でもある原伸男さんへのインタビュー記事の中で、「音を感じると、脳が勝手に反応して高い声は黄色、かわいい声はピンクというように絵を描く感じでイメージができる……」というくだりがあるが、このことからも私の考えがあながち的外れなものではないといえるだろう。それでも、と思う人はSTS9のライブを一度体験してみてほしい。彼らの音楽に触れた瞬間、あなたが共感覚保持者であろうとなかろうと、音やリズムに色や景色を見、豊かなニオイを感じ、暖かさを感じることだろう。そして私達は単なる聴き手にとどまることなく、音楽によって紡ぎだされる壮大な物語の中の一人となるのだ。
タワーレコード渋谷店ステージ・ワンでのインストア・イベントはそんな壮大な物語の導入部だった。当初からラップトップセットであると告知されていたので、正直なところそれほど期待はしていなかったのだが、それがいい意味で裏切られることとなった。時にドラム、ギターの生音を加えながら繊細な音のパズルを緻密に組み立てていく様は、まさしくSTS9の音楽だったのだ。もちろん、これだけでは到底満足とはいかず、「今すぐにでも次を観たい!」と感じるところでイベントは終了した。そういった意味で、今回東京でしか彼らを観られなかった人は残念、としか言いようがない。
名古屋公演についての詳細はnicoのレポートを参照していただきたい。私は1曲目”Really Wut?”のイントロ、女性コーラスのSEが鳴り響いた瞬間、眼前の世界が一気に拓けたような気がした。気付いたらファンタージエンへ迷い込んでいたバスチアンのように、もはや私はSTS9が紡ぎだす世界に引き込まれていた。ここは一体どこだろう? ライブハウスにいるはずなのに、感じる草原の緑の色、風のニオイ。大樹がゆっくりと呼吸し、枝を伸ばしていくように、徐々に空間が音で満たされていく。私の身体の中も、音で満たされていく。ドラムがとにかく超人的であるとか、全てのパートの音作りが緻密であるとか、キーボードのメロディー展開はSTS9の音楽を支える影の功労者であるとか、演奏技術的な面からSTS9の魅力を語ることも、もちろん可能だ。しかし私が伝えたいのはその数段階上の次元であって、彼らの音楽が作り上げる世界観なのだ。ステージ上ではライブペインティングやフラワーアレンジメントなど、様々な興味深い試みがなされていたのだが、私はライブ中ずっと眼を閉じていた。というのも、実際に自分の眼に映るものよりも、彼らの音が私の瞼の裏に描き出す世界を感じとりたかったのだ。それは実に広大で暖かな世界だった。全ての公演を振り返ってみても、会場の雰囲気や他のお客さんの雰囲気を含めて、名古屋公演には不思議な暖かさがあった。
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report by philine and photos by yusuke
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