STS9 (サウンド・トライブ・セクター・ナイン) @ 名古屋ボトムライン (23rd Aug. '07)
変幻自在な空間
8月23日。指折り数えて迎えたこの日が、サウンド・トライブ・セクター9(以下STS9)と、オーディエンスにとってどれだけ特別な日になったか。正直に言うと、当日を迎える前からそれはある程度予測していた。そう思わざるを得ない要因が、必然的にいくつも重なっていたのだ。
ライヴ当日の明け方、怒り狂ったように荒れていた情緒不安定な空は、日が沈む頃にすっかり落ち着きを取り戻し、安らかな眠りについていた。STS9を支える土台はボトムライン。数ある名古屋のライブハウスの中でも、建物の構造や雰囲気、匂いから外国のハコを彷彿とさせる、縦にも横にも自由な広がりを持つ3階立ての贅沢な空間。整えられた空と土の上に咲く花はSTS9だけではない。名古屋公演は今回、全国ツアーの中でも特別に「Time is ECHO」という名のもと、環境保護と平和をテーマに強いメッセージを持ったアーティストやショップが集結。それに彩りと華を添えるのは、笠原理絵さんの写真展。極めつけに得た情報として、キーボードのデイヴィッドは幼い頃この地で過ごした経験があり、名古屋には特別な思い入れがあるとか。これは期待しない方が無理でしょ。
すべては完璧に揃った。緊張感はじわりじわりと私の身体に侵入し、気がつけば左手に握ったビールはすでに喉を通らなくなっていた。
当日ライヴは2セット構成。メンバー登場と共にいきなり湧き上がる歓声、天を仰ぐ手のひらの多さ。深呼吸をするように、ゆっくり演奏をはじめていくメンバーたち。ステージ両サイドには、彼らの音にインスピレーションを受けながら絵を描いていくアーティストが構える。ザックの超絶ドラムは、心臓に風穴を開ける。底辺からじわじわと押し寄せてきた波は、みるみるうちに大きな音の層を作り上げ、一気に天井まで達する。オーガニックな生音と、心を揺さぶる打ち込みの音と、ジャズ・バンドのようなメンバーの音の会話と、すべてが混ざり合うとんでもないインプロヴィゼーションを目の前で見せつけられた。徐々に心が乱され自分をコントロールできなくなり、音の渦に完全に巻き込まれる。じっと立っていることもままならず、眩暈を起こしそうになる。初めて味わう感覚に動揺して全身が震えていた。
ほぼ1時間のセットを終え、ブレイクを挟んだあとは後半のステージへ。自分自身を落ち着かせるために、テーブル席のフロアに座って冷静に観ることに。上から観るステージもまた良し。まるで飛行機から見下ろす雲のように、下に広がっているオーディエンスは壮大なパワーと輝きを放っていた。みんなとにかく笑っている。いい顔してるよなぁ。思い思いに踊る姿は幸せで満ち足りている。
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ステージには、フラワーアレンジのパフォーマンスをする男性が登場。そして私は10分も経たないうちに、イスに腰掛けている自分に我慢できなくなり、もう一度スタンディングのフロアへ戻っていた。ただのジャムバンドの域に収まらないSTS9の音楽は、テクノ・アンビエント・ロック・ワールド・ジャズ・エレクトロニカ……さまざまなジャンル名を掻き集めて評されるけれども、ライヴを体感すると、そういう細かく分類された単語を羅列すること自体が馬鹿馬鹿しくなってしまう。母親のお腹の中で羊水に包まれているような、得も言われぬ安心感に抱かれながら、時間はゆるやかに過ぎていった。
やがてクライマックスを越え、拍手と歓声と笑顔が次々に弾ける中、惜しまれるようにメンバーはステージを去っていく。客席には、ライヴの余韻をかみしめている人、抜け殻になって動けない人、涙を流している人、仲間とハグし合う人。ステージには2枚の絵が浮かび上がる。ライヴの最中からずっとこの絵が気になっていた私は即座にステージ最前列まで走っていった。ジェイの絵はダイナミズムと色彩で強烈なインパクトを残し、クリスの絵は緻密に計算された繊細美で、脳内を侵食する。それぞれの視点で描かれたこの絵は、きっとまだ出来上がっていない。これから世界中を旅するバンドと、その土地のオーディエンスによって徐々に完成に導かれていくのだろう。
音と自然は嘘をつかない。立ち止まったり、後退したり、ということもなく、どちらも流れるべき方向にしか流れない。流れが止められないということは、時にプラスの大きな力を生むが、その逆を生むこともある。地球環境の流れがマイナスに働いている昨今、自分たちにできることのヒントを与えてくれたイベントのもたらす意味は絶大だった。そして、目が眩むほどのパワーを放っていたSTS9の存在と、隣に寄り添う2枚の絵は、この場所に引き寄せられたすべての人とモノの尊さを物語っていた。
-- setlist --
1st set : Rilly wut / Tooth / Mischef / Blu mood / Hi-key / Lo Swaga
2nd set : Be nice / Tokyo / Music, Us / F word / One a day / Ev/Kamuy
-- encore --
Ramone |
report by nico and photos by yusuke
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2007
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