Smashing Mag / Tony Joe White (トニー・ジョー・ホワイト) @ Shibuya Club Quattro (16th Apr. '07)

　どこかで名曲の名演は聴く者を無力にさせてしまう。いつものことなんだが、この夜もそんな瞬間を幾度か体験することになってしまった。おそらく、誰でも知っているだろう、「レイニー・ナイト・イン・ジョージア」を歌い始めた時、シャッターを押せなくなってしまった。トニー・ジョーの声やギター、そして息づかいをも漏らさず聞きたくなる...　というより、その世界にはまりたくなるとでも言えばいいんだろうか。こんな時に写真を撮るなんて野暮を通り越して、迷惑この上ない。最初はポケ～っと突っ立って、そして、しばらくすると脱力したかのように膝を落として、聞き惚れてしまった。しかも、26年ぶりの来日だというのに、トニー・ジョーを見つめるのではなく、目を閉じてとっぷりとその歌の世界に自分の身を任せる。それ以外にできることなんぞありません。

　26年前のライヴを見ていない人間いとってみれば、その間の変化がどうだったのか、想像するしかないんだが、おそらく、あの時も、この「渋さ」に、みなさん、惚れ惚れしたんじゃないだろうか。なにを話しても、歌っても、渋すぎる。彼の来日を待ちわびたファンのひとりは「いやぁ、いい酒が飲めた」と語っているんだが、こちらは「歌に酔いまくった」と応えたい。なんと素晴らしい一晩だったんだろうかと思う。

　セット・リストは、当然のようになく、流れに身を任せて、歌いたい歌を歌う。それだけのこと。ちょいとファンに声をかけて、「なにか、歌って欲しいある曲はあるかい？」と尋ねると、それぞれが思い思いの曲を叫ぶんだが、「ん？　それなぁ...」と、長い間歌っていなかったんだろうか、思い出すように虚空を眺め、おもむろに歌い出していた。あの曲をリクエストしたファンにとって見れば、冥土へのみやげになってもいいだろう、それほど濃密な時間を共有できたのだ。なんて素晴らしい一晩だっただろう。こりゃあ、思い出すだけで酒がうまくなる。