スコット・マシューズ @ ジー・ラウンジ、ロンドン (11th Jun. '06)
音の多様性

さあ、本人に直々インタヴューも行い、少しくは彼の音楽感、背景にあるものを感じ取って頂くのに貴重な情報を付け加えた上で、今回は彼の「サウンド」により深く耳を傾けてみようと思う。今夜の会場は、北ロンドン、地下鉄、カムデン・タウン駅の裏にある、ジー・ラウンジ,という,前回よりは大きめな、ゆったり感のある、ライブ・ステージ併設のパブ。スコット・マシューズの他にも、シンガー・ソング・ライターを集めた今夜のライヴ、彼の前に歌った、女性歌手のケリー・ウォーターズにも少しお話を伺ったが、ソウルとフォークの交差した、メロウな音を奏でる彼女は、歌詞はラッパーのエミネムに、そしてサウンド面ではベン・ハーバーに影響を受けているとのこと。マイ・スペースで現在4曲試聴できます。
今宵もスコット・マシューズは、前回同様アコースティック・ギターを傍らに、静かに音を奏で始める。ぽろぽろ、と爪弾かれるギターがゆっくりと、会場の空気に溶け込んでゆく。曲調によって、自在に響きが変わるその歌声と共に、悲しみが搾り取られるようにして放散されるこの音は、胸をえぐり出すような顕著な嘆きとは違うけれど、心の中でせめぎ合う、いかんともしがたい、抗い難い慟哭を表しているかのよう。あまりに悲しみが強過ぎると却って涙が出ない状態になるということがあるが、彼の音楽からは、そういった複雑で気持ちの奥底に目を向けなければ見過ごしてしまうような深い洞察力に根ざしているものが伝わってくる。それらの陰の部分もあれば、4分音符から途中のワルツへの転調が豊かな流れをもって魅了する"シティ・ヘッドエイク"、アルバムではバンド・アンサンブルの音の広がりと、突き抜けた爽快感が秀逸な"パッシング・ストレンジャー"は、12弦のアコースティック・ギターとハーモニカの演奏で、オリジナルとは全く異なる趣をたたえ、そこから弾き出されるギターの音色が幾重にも重ねられた層となって、明るく外に向かって開放的に響き渡っている。
曲そのものに多彩な可能性と、実験性をも反映させ、タブラというインドの民族打楽器や、フルート、クラリネット、アコーディオン、ストリングスらを取り入れ構成された、アルバムのオリジナル・ヴァージョンはそれだけで実に味わい深い、素晴らしいものだが、こうして、彼の奏でるギターのみに乗せて放たれる曲は、同じ曲でもこんなに違う風に聴こえてくるのだという驚きと、新鮮な魅力を同時に自分の耳を通して発見できる贅沢な喜びをもたらしてくれる。これをライヴで一人で聴かせてしまうのだから、もう、こちらはどうしよう、とひたすら嬉しい悲鳴でいっぱいである。悲鳴というか、筆舌に尽くし難い感激。日常にある些末な雑事を頭から全部取り払って、耳をただ傾けるだけ、心をすっかり空っぽにして、彼の音に肩を預けるだけでいい。心配しなくとも彼の音楽はどこにも行かない。自分がそれを求めた時に気がつけば隣にいて、今日も閉じられた瞳から、心をくるみ込むように、そっと弦が鳴り始める。
-- Set-list --
The Wasp And The Jar / Prayers / Dream Song / Eyes Wider Than Before / Sweet Scented Figure / Bad Apple / City Headache / A Tale Us To All / Passing Stranger / Earth To Calm / Elusive
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report and photo by kaori
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音の多様性 : (06/06/11 @ 12 G lounge, London) : review by kaori
声のぬくもり : (06/06/06 @ 12 Bar Club, London) : review by kaori
CD review : Passing Stranger : (06/05/05) : review by miyo
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