スコット・マシューズ @ 12バー・クラブ、ロンドン (6th Jun. '06)
声のぬくもり
正直言って、心から愛する弾き語りのシンガー・ソング・ライターはあまりいない。単に知らないだけでしょ,アンタが、という声がどこかから聴こえてきそうだが、単にバンド・サウンドに意識的に耳がいくという傾向ゆえである。「音」が心を捉えるか、はたまた「声」が先に響くか、そもそも十人十色の価値観がある中で、聴き方も人それぞれだ。そして、自分の大好きなソロ・シンガー・ソング・ライターに、もうこの世で新しい音楽を届けてくれる人はいない。一人で背負うにはどんなに重い荷が,彼らの創造性に影を投げかけているのか、そういうことを考え出したら、ソロもバンドも音楽の世界自体限りないが、半分疑心暗鬼の中で手にしたスコット・マシューズのCD。耳にした彼の音楽は、瞬く間に私を、彼の待つ小さなライヴ・ハウスへと足を向かわせた。
ロンドンの中心部を意味する、地下鉄トッテナム・コート・ロード駅真向かいにある、センター・ポイントというビルのそびえる小路の一角に位置する、カフェ兼パブのヴェニューの奥まった所にある、レンガに覆われた、小さな,小さなそのステージに、譜面台を立ておもむろに演奏を始めた,スコット・マシューズ。ステージに置かれた2台のアコースティック・ギターに挟まれて、大柄な彼は窮屈そうに身を屈め、目を閉じたまま歌い出した。この声は一体,なんだろう。はっきり言えば「こもっている」。こう,まるで手のひらで口を覆ってそこに息を吹きかけて歌われているようで、一瞬、鼻息と歌声の区別がつかないほどなのだが、それが優しく、まろやかなギターの音色と絡まり続ける内に、いつしか自分がすっかり,彼が紡ぎ出すその独特の世界にすっかり身も心もさらけ出し,委ねているのを感じているのだ。弾き語りといっても、彼のデヴュー・アルバムは当マグでmiyoが表現していたように、静と動のバランスが絶妙に構築された、多彩な音楽性が滲み出た、バラエティに富んだ曲の数々が収められており、バンド・サウンドとしてのアプローチの方がむしろ顕著なくらいである。が、今回のこのアンプを排したアコースティック・ギターでのアレンジされたその曲は全く異なる表情を覗かせ、しかも、何の違和感も無く、初めて聴いた人にはこういう素晴らしい音楽なのかとストレートに入り込んでくる魅力を十分放っている。何故なら、彼のその人間としての体温と、心に宿る目に見えない情熱にくるまれた生身の「声」がただ、ただ、美しいからだ。
シングル・カットされた"エルーシヴ"からもたらされる、やるせなく、儚く、けれども最終的には「許す」、「受け入れる」という、人としての慈悲を反映させているかのような不思議な声は、新曲の"ザ・ワスプ・アンド・ザ・ジャー"、"バッド・アップル"、でもこの夜は堪能でき、かつ前述した、ダイナミックでブルージーなアルバムからの曲も、後を引っ張る余韻を秘めた、奥行きの深い、太い声で、さらに細かい粒子が天空に向かっていくような、繊細なんだけれども、地にしっかり根を張った、二重の意味で情感のこもった声で、小さな会場をまるで七色に染めていた。途中、半ば齧りついたようなマイク越しから発せられる、しつこいようだがこれまたこもった低音の地声で英国各地方の方言での"ラスト・ダンス"の発音に触れ、各地からやって来たお客さんに実際に言ってもらったりなど、オーディエンスに対し気さくなMCを交え、素朴な笑顔を見せていた。
誰々に似ているという形容は、音楽を語る以上で避けては通れない表現であることは否めないが、彼のこの何にも例えようの無い、スコット・マシューズの無限の「声」を耳にしてしまった今、そんな風にして安直に比較することなんて出来ないし、したくない。とにかく,何も考えずに、一度聴いてみて欲しい。何も考えないことこそが、その音楽に足を踏み入れる,一番の礼儀だと思うから。
-- Set-list --
The Wasp And The Jar / Prayers / Dream Song / Eyes Wider Than Before / Sweet Scented Figure / Bad Apple / A Tale To Us All / City Headache / Last Dance / Earth To Calm / Elusive
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声のぬくもり : (06/06/06 @ 12 Bar Club, London) : review by kaori
CD review : Passing Stranger : (06/05/05) : review by miyo
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