Dinosaur Jr. @ Shibuya AX (27th Feb '06)
オルタナという思い出
雅也は営業先から直接渋谷AXに向かった。着いたときAXのロビーは、ライヴがまだ始まってない雰囲気だったので、ひと安心する。雅也は2階席に上がって満員のフロアを見下ろす。20代のときは、モッシュピットに平気で突っ込んでいった雅也も「明日も仕事だから」と自分に言い訳しながら椅子に座る方を選ぶ。1階には、いつダイナソーJr.を知ったのか、若いやつが多そうに見える。間に合って、ホっとしてネクタイを緩めたのもつかの間、ザ・スミスの"This Charming Man"が流れ、近くの席の女が連れに「何この選曲ぅ〜?」と言った瞬間に、Jマスキスとマーフとルー・バーロウが現れた。そして"Severed Lips"からライヴは始まる。恐竜の目覚めはスローなんだと言わんばかりのかったるい演奏。巨体なので眠った状態から起きあがるまでが大変だ。そして、おもむろにJがギターをかき鳴らし、轟音が壁のように何台も並べられたマーシャルのアンプから放たれたとき、お客さんたちは歓声を上げる。まさに今日一発目の恐竜の雄叫びなのだ。2曲目からは、エンジンが掛かったのか恐竜は存分に暴れ始め、2時間弱の轟音の渦に巻き込まれていく。
長髪のまま太ったJと、すっかりスキンヘッドになっていたマーフと、微妙な中年太りのルーを眺めて、雅也は我が身を振り返る。10数年前、G大学を受けた帰り道、丸井の地下にあった新宿のヴァージンメガストアで"Wagon"のCDを買って、家で"Wagon"をずっとリピートして聴いていたことを思い出す(そしてG大学は落ちた)。当時、高校生だった雅也にとって、パンクやニューウェーヴですら過去の話で、音楽シーンが変わっていく体験を味わったことがなかった。そこに、ストーンローゼスのマンチェスターブームがイギリスから、ソニックユースやダイナソーJr.やピクシーズなどのグランジがアメリカから出てきたので、ようやくオレたちがリアルタイムでシーンの変化を体験できるのだ! と、興奮してCDを買いまくったのだった。そのとき、むさぼるようにして聴いたそのバンドが今、目の前で演奏している。ロックは自由だし、かったるい日常を爆音で埋めるものだし、無意味で、空虚であるということを徹底して見せつけたバンド、それがダイナソーJr.だった。30代になった雅也には、そんな言葉を口にするのは気恥ずかしい。今の雅也でもそれなりの人生を積んでいるのだ。それはステージにいる3人もそうだろう。みんなそれなりの年齢になってしまった。
"Wagon"が始まった瞬間、雅也は立ち上がり、目を潤ませながら、ステージを見ていた。ここぞとばかりにダイヴを始めるステージ前の若い人たち。ただ面倒臭そうに「ファック・ユー」と呻いているような曲を聴きながら涙を浮かべる自分と、喜んでダイヴする若者たち。お前らはお前らで勝手に暴れるがいいさ、オレは静かに涙を流させてもらうよ。グランジの理念? 既成の商業ロックを破壊した? カリスマの否定? そんなことは忘れたよ。もう何でもいいじゃん、彼らが目の前で演奏してくれている、それだけで十分だし、その上ルー・バーロウが「ユウォンシ〜ミ〜」って当時有り得ないコーラスまで付けてくれるのだから。
アンコール1曲目は"Just Like Heaven"。雅也は、初めてこの曲を聴いたとき笑い転げた。ザ・キュアーのカヴァーなのだけど、Jのヘロヘロなヴォーカルと突然挿入される「ジョー!!!」だか「ジャー!!!」だか「ウォーッ!!!」だか「ワァッ!!!」だか分からないデスな叫び声、そして唐突に曲が終わってしまう。そんなめちゃくちゃな曲も長い時間が経って聴くとノスタルジーを感じさせるものになってしまう。アホっかつーの。こんな曲にノスタルジーを感じるな、と自分に言い聞かせても止まらない。「好きな女のタイプはジュリアナ・ハット・フィールドです」とか「ボンジョヴィ、だっせーな」とか真顔で言っていた恥ずかしい過去がフラッシュバックのようによみがえってくる(今聴けば、ボン・ジョヴィも結構良いもんだよ)。それすら思い出になってしまい浸ってしまう。しかし、甘酸っぱい思い出に逃げ込むな。この曲は、そうしたものを突き放すようにルーの叫び声と共にプッツリと終わる。こちらのノスタルジーをあざ笑うかのようだ。
そして"Freakscene"。CDではJのヴォーカルのせいでダラダラ聞こえるこの曲も、やけに迫力あるロックナンバーになっている。たぶん、若い人たちは「ヘヴィロック」のひとつとして楽しんでいるのだろう。そうであっても、それは仕方がない。確かにマーフとルーのリズム隊には迫力あるし、Jのギターは轟音が炸裂する。ヘロヘロのヴォーカルがなければ、ときにヘヴィ・メタルに聞こえてしまう。いわゆるLAメタル的な価値観のアンチとしてダイナソーJr.が出てきた、という当時の話をしても仕方がないのだ――年を経れば、世代が変れば、音楽の捉え方が変わってもおかしくない。
ライヴが終って、ロビーに出ると雅也は大学時代の友人のキヨシに会った。大学のときはたまに音楽の話をする仲だったけど、卒業以来会ってない。どんな字でキヨシと書くのか思い出せない。お互い眼が合うと「フヘッヘ」と微妙に笑い、「ちょっと呑もうか?」と宇田川町の居酒屋へ行った。「ダイナソーを観ていると、動物園のゾウを思い出すんだよね……。恐竜とゾウって巨体つながりっていうだけじゃなくて、『あっ、吠えてる』とか『あっ、鼻をぶんぶんいわしている』とか、ずっと見てても飽きないんだよね。それには理由がないっていうか。最近子供を連れて行ったんだけど、オレの方が楽しんじゃったし」。「オマエもう子供がいるのか」って驚きながら、そうだよなと雅也はうなづく。もう11時半か、妻に終電になるってメールしておかなきゃ、ちょっと怒られるかなあと雅也は駅に向かった。
- set list - (原文のまま)
1.SEVERD LIPS/2.LEPER/3.BUDGE/4.FURY/5.BULES OF PASION/6.FORGET THE SWAN/7.NO BONES/9.LOSE/10.LUNG/11.IN A JAR/12.WAGON/13.PAISANS
- encore -
JUST LIKE HEAVEN/CHUNKS//FREAKSCENE/TARPIT//SLUDGE/GARGOYLE
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report by nob and photos by saya38
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