板橋・森山グループ @ 東京厚生年金会館 (22nd Jan '06)
雪と音楽に打ちのめされた日
前日からの厳しい天候で久しぶりに東京に雪が積もったこの日、夕方も6時になろうかとする頃、やっと新宿の厚生年金会館に着いた。老舗のハコ・PIT INN40周年の大規模イベントが二日連続で開催されており、オレは前日もこの場所で村上ポンタやジョン・ゾーンや山下洋輔を堪能していた。正直、ジャズに関していえばほとんど素人も同然なのだが、それでも日野皓正のトランペットと渡辺貞夫のサックスは一度生で聴いてみたかった。午前からの野暮用続きでほとんどあきらめかけていたこの日も、その思いだけで結局遅ればせながらも会場に駆けつけることになったのだ。ナベサダはトリだから大丈夫としても、果たして日野の演奏には間に合うか。
ホール内を覗くと、司会者が進行状況を説明しているところだった。いよいよあと2時間ほど、2バンドを残すのみとなりました…ガックリと力が抜ける。どうやら日野の出番はとうに終わってしまったようだ。これから演奏するのは、森山・板橋グループ。残念ながら聞いたことがない。それにしてもなんだよその気の利かないネーミングは、これだからジャズマンって奴は。ま、仕方がない、渡辺貞夫までぶらぶらと時間を潰すか。休憩スペースに行き、自販機でコーヒーを買い、一息ついた。
この会場は休憩スペースにもスピーカーが備えられつけ、中の演奏がある程度聴こえるようになっている。コーヒーを啜っていると、ホーンの高らかなテーマが聴こえてきた。一瞬、始まったな、と思って――直後に凍りついた。なんだ、この火の玉のような演奏は!? オレは唖然として思わずスピーカーをまじまじと見つめた。それからコーヒーを火傷しそうになりながら速攻でムリヤリ胃に流し込み、紙コップをゴミ箱に叩き込むと、会場の中に文字通り飛び込んでいった。
中に入った頃には三管のホーン隊は一息ついて「ほぐれた」頃で、その後も、冒頭の一丸となった圧倒的テンションが復活することはついになかった。しかし代わりにバックの個々の演奏がすさまじく、特にピアノとドラムス、この二人が完全に流れをぐいぐい引っ張っていた。ジャズに何の造詣もなくとも、それなりに音楽の現場を見てきた者なら、とにかくこのコンビの存在感が尋常じゃないことがすぐにわかるだろう。事実、後から調べてわかったことだが、この二人こそが森山(dr)と板橋(p)その人であり、このバンドのツイン・リーダーを務める張本人たちだった。
ピアニストは腰を浮かせ、頭をガンガン振り乱し、体中に電気を流され続けているような狂気寸前の激しい演奏を鍵盤に叩きつける。ドラマーはソロになると回転をさらに増し、ギアを徐々に徐々にファーストからセカンドへ、そしてトップへ入れる寸前でわざと寸止め・空振りして客席をどっと沸かせた後、鬼のような神業ドラム・ソロに一瞬戻ってすぐに締める。
オレは混乱していた。目の前で演奏されている音楽はなんだ。これは、ロックではないか。少なくともオレの定義ではそうだ。だがその前にもちろんジャズでもある。だったら、いったい何と呼べばいいのだ? ジャズロック? 馬鹿馬鹿しい。というか、そもそもジャンルとは何だ。こんなに熱くて魂を揺さぶってくる音楽にどういうレッテルを貼ればいいというのだ。ブッ飛ぶような、とんでもない音楽がある、それだけで十分ではないか。
終了後、耳年増だらけの客席も少しざわついている。オレがただ呆然と椅子に佇んでいると、いつの間にかセットチェンジが終わり、大トリの渡辺貞夫の演奏が始まった。大御所である。それを抜きにしても、すばらしい演奏をしていることは素人ながらにわかる。その音色はこの二日間で聴いてきたどの管楽器よりも太く、厚みがあり、暖かい。ただし、そこには先ほどの森山・板橋グループのような、まるではみ出した塗り絵のような極度に激しいエモーションはない。その音がまだ頭に残っている状態のままでは、熟練すぎる渡辺のサックスは、理解はできても一番大切なところには染み込んでいかない感じだった。強烈過ぎる濃い色の上には重ね塗りが効かないのと同じである。頭が麻痺していた。心が先ほどの時間にまだ留まっていた。
3〜4曲聴いたところで、非常に申し訳なくまたもったいなくもあったけれども、俺は席を立ちその場を後にした。何人かが妙な顔をして会場を立ち去るオレをちらりと見た。露骨に首を振る者もいた。言いたいことはよくわかる。しかし、どうしようもないのだ。おかしなことに、素晴らしい演奏を聴いた日になったというのに、何かに打ちのめされたようなそんな気分だった。凍った路面を無言で駅まで歩きながら、一生届きそうもない圧倒的なものに敗北した時の、挫折感にも似た気持ちがずっと消えなかった。
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