Saori Yano @ Blue Note Osaka(6th May.05)
感性を原体験にするジャズ
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10数年前、ブルー・ノートの4000〜5000番台やプレスティッジの6000〜7000番台を始め、いわゆるジャズ・ファンクと呼ばれたレコードを買い漁っていた当時、愛聴盤だったのがジミー・マッグリフとグルーヴ・ホルムスの共演盤やジョニー・"ハモンド"・スミスといった、まるで熱帯夜のようにムッとしてけだるいオルガン・ジャズの様々なタイトルだったから、矢野沙織の3枚目のリーダー作となる新譜が、それまでのハラルド・メイバーンのピアノ・トリオから全編にオルガンをフィーチャーしたものになると聞いたとき、期待を覚えたのと同時に、なるほど、と妙に納得した。繊細でリズミカルなピアノのストレイト・アヘッドな音色よりも、 彼女には、 粘っこくてより人肌の温度に近い「息吹き」の方が合うだろうと思えたからだ。
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彼女の生の音を初めて聴いたのは、MAGとラティーナ誌の取材を兼ねて訪れていたアレックス・キューバ・バンドとの昨秋のツアー、東京で高校の授業を終え新幹線に飛び乗って、開演直前に慌ただしくヴェニュー入り、もちろんサウンドチェックはおろか、気持ちを整える時間もないなかでの演奏だった。曲間に焦りと緊張の表情を隠そうともしない無防備さ、それは18歳のありのままの姿だったと思う。察するに、出来るのなら今すぐこの場を逃げ出したいような、そんな気分だったのかもしれない。だが、そんななかで彼女が聞かせてくれたのは、まるでテナーのように丸みを帯びたリリカルなアルト、楽曲に穏やかな情景を添えるような繊細な音色。それは一切の修飾のない、彼女のありのままの素の部分から、絞り出されているようにさえに感じた。
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ステージではその人の人間性がよく表れる。だから恐くもあり、魅力でもあるのだ。きっと、素直な感性をもつアーティストなのだろう。もしこのとき、無難なそつのない演奏だけを聴いていたのなら、正直、彼女にこれほどまでに魅力と可能性を感じていなかったと思う。
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僕はマニアでも評論家でもないただの音楽好きだから、テクニック云々というのは判断基準にはない。感じるか、感じないか、だ。「ジャズはアンダーグラウンドから生まれた音だ」とはガリアーノのリリックだった。もともとストリートで進化し続けてきた音楽だった。そのダイナミクスに再び脚光をあてたのが90年代のアシッド・ジャズ・ムーヴメントだったわけだが、DJ主導で行われたが故に、結局はクラブというマーケットに翻弄され収束していったアシッド・ジャズとはまったく立ち位置を異にする、新しい世代。「ジャコ・パストリアスの"Donna Lee"に衝撃を受け、それがきっかけでチャーリー・パーカーに傾倒し…」というのは矢野沙織のバイオで語られる常套句なのだけれど、感性のみを原体験にしている彼女のジャズが、躍動感と瑞々しさと説得力をもって如実に表現されているのが、新作『SAKURA STAMP』で聴ける、ジミ・ヘンドリクスの"Red House"からビリー・ホリディの名バラード"Crazy He Calls Me"へと続く、ブルージィでレイドバックした流れだろう。
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スタンダードを意識せずに済む楽曲の方が、なににも捕われることなく、自由に自分自身を表現できるからかもしれない。リリカルにメロウに歌いあげるスタイルのアルトに、敬愛するチャーリー・パーカーというよりもソニー・スティット(パーカーが長島茂雄ならば、スティットは野村克也だ)を連想したのは、初めて彼女を見たときの印象なのだが、それに加えて腑の奥からうねってくるような太さの、ゾクゾクするようなブロウを堪能できるのが、前作までとの違いだろうか。成長と言ってしまうのは容易いが…。エリック・アレキサンダーはじめ新進気鋭の若手ミュージシャンとのレコーディングも、リラックスして行われたのだろう。収録曲のすみずみから「楽しさ」が伝わってくる。
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自分の「若さ」(つまり、未熟さ)を、おそらく人一倍自覚しているだろう彼女だ。そんなナイーヴさは、僕が感じるかぎり、彼女の魅力でもあるのだが、ときとしてあだともなるのが常。どうも極度に人見知りのする性格なのか、前述のアレックス・キューバ・バンドのときも、緊張させたのは実は僕の存在だったのではないかと思えるほどで、それから比較的すぐにロイヤル・ホースで見たギグのときも、まるで自分の内側に入り込むようなステージが気になったのだが、それだけにアルバム・リリース・ツアーであるこの日のステージは、いったいどれくらい新作の感触を伝えてくれるのだろうかと期待していた。
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今泉正明(ピアノ)、増原巌(ベース)の馴染みのツアー・メンバーに、ドラムスに、そのバイオを紐解けばマイルス・デイヴィス・クインテット、ウィントン・ケリー・トリオ、ウェス・モンゴメリー・グループ、キャノンボール・アダレイ・クインテット等々、まるでジャズ史の生き証人のようなジミー・コブを迎え入れての今回のツアーなのだが、磐石のミュージシャンたちを後ろに、お互いがエネルギッシュに丁々発止に交わすやり取りには、胸の梳く思いだ。新作からの楽曲を中心にしたセットで、アグレッシヴに行き交うピアノに、チャールス・ミンガスのリフを織り交ぜたインプロヴィゼーションで唸らせるベース。とくに、まるで片田舎のカーネル・サンダースのような風貌で、表情一つ変えず、タムの縁を効果音のようにカンカンと叩きまくるジミー・コブは、地味ながら主役級の存在感を見せる名優そのもの。
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そんな彼らに触発されたのか、それとも彼女が彼らを触発したのか、矢野沙織もこれまで以上に太く、エネルギッシュで、躍動感あふれるブロウで一歩も引けを取らない。入り込むのは自分の内側へではなくて、まるで楽曲そのもののなかへと渾身の力で溶け込んでいくかのよう。一気にスケール感が数倍にも増した、新作の感触に違わない、それ以上にライヴの醍醐味と爽やかな後味とを残してくれた演奏だった。はにかみを隠すような、たどたどしいMCは相変わらずだったのだけれど。
後味のその爽やかさは、この春に高校を卒業し、改めて「音楽人」としてのキャリアを歩み出した彼女の姿勢を、高らかに宣言してくれたステージに触れたからに違いない、そう思う。
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mag files : Saori Yano
感性を原体験にするジャズ : 矢野沙織 (6th May @ Blue Note Osaka ) : review and photo by ken
photo report : 矢野沙織 (18th Dec. @ Osaka Royal Horse ) : photo by ken
日本とキューバ、新しい才能の共演 : 矢野沙織 with ALEX CUBA BAND (18th Oct @ Shinsaibashi Club Quattro ) : review and photo by ken
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2005
OUT OF THIS WORLD : shiba in car, Youcan, Kumi (24th Apr. @ jaz'room "nuthings")
この美しさは… : Mozaik, Soul Flower Mononoke Summit, Shigeru Kishida (5th Apr. @ Shinsaibashi Club Quattro)
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photo report | 心象風景のピアノフォルテ : リクオ (30th Jan @ Juttoku Kyoto)
世代を超えた贅沢な一夜 : ありやまな夜だ!! 新春スペシャル feat. 有山じゅんじ, ムーヤン
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2004
photo report : 矢野沙織 (18th Dec. @ Osaka Royal Horse)
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日本とキューバ、新しい才能の共演 : 矢野沙織 with ALEX CUBA BAND (28th Oct. @ Shinsaibashi Club Quattro )
CD review : 『Humo De Tabaco』 : ALEX CUBA BAND (19th Oct)
愛おしいファド ~カティア・ゲレイロという響き : Katia Guerreiro (28th Sept. @ Shinosaka Melpark Hall )
旨い酒のように : Soul Flower Union (26th Sept. @ Shinsaibashi Club Quattro )
interview : 極東戦線異状あり : 中川敬 (Soul Flower Union) (20th Sept.)
CD Review : Nas Maos Do Fad - ファドに抱かれて : Katia Guerreiro (6th Sept.)
かわちながの世界民族音楽祭 〜トランス・ヨーロッパ・フェス〜 : FANFARE CHIOCARLIA, THINK OF ONE and KiLA (29th Aug. @ Kawachinagano Lovely Hall )
波の音が聞こえない : Jack Johnson & Donavon Frankenreiter (4th Aug. @ Namba Hatch )
謙虚さと幸福のカタルシス : FERMIN MUGURUZA KONTRABANDA in Radical Music Network Festival (27th July. @ Club Chitta Kawasaki )
侘び寂び : Cat Powerand Women & Children (1st Jun @ Shinsaibashi Club Quattro )
ローマ -ベティ・イサンゴ・ドゥグ・ビルバオ- : Street Beat Festival (18th Apr. @ Piazza dei Tribuni in Rome )
ミラノ -ボブ・マーリーとジョー・ストラマーと- : Street Beat Festival (17th Apr. @ Leonkavallo in Milan )
ボルツァーノ -bad dog outside!- : Street Beat Festival (16th Apr. @ Ku.Bo in Bolzano )
ボローニャ -赤い街から煙る街へ- : Street Beat Festival (15th Apr. @ Estragon in Bologna )
フィレンツェ -日本にはない空気- : Street Beat Festival (14th Apr. @ Auditorium Flog in Firenze )
祭りだ、祭り : Shibusa Shirazu (10th Mar @ Shinsaibashi Club Quattro )
ポストモダン・ニンジャたちに時代は追いついたか : NINJA TUNE (4th Mar @ Osaka Mother Hall)
沖縄小旅行〜国際通りの喧噪と喜納昌吉&チャンプルーズ、基地の町嘉手納へ : (Mar @ Okinawa)
泥酔エンターテイナー : Gaz Mayall (13th Mar @ Osaka Big Cat)
Amore E Odio : Banda Bassotti (3rd Apr.)
僕たちはみんな同じ血の色をしている : Soul Flower Union (9th Mar @ Osaka Banana Hall)
これほど罪深いものは、ない : Ben Harper & The Innocent Crimiinals (1st Mar @ Namba Hatch)
この瞬間に存在するドキュメント : Meganoidi (7th Feb @ Osaka Big Cat)
Disc Review : karamelo santo / 『Los Guachos』 (4th Feb)
Disc Review : MANA / 『Revolucion De Amor』 (4th Feb)
Disc Review : WAGNER PA BRAZUCA MATRACA / 『el imparable transeunte』 (12th Jan)
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