
あがた森魚さんは「ロマンチックでないものは取るに足らない」ということを知っています。「今にしてみれば」では、茜色の空とひこうきとボクとの幸せな関係が軽快に歌われ、「サブマリン」には、低音弦の躍動に合わせて号令を発する船長のやぶれかぶれな酔狂があり、「春の嵐の夜の手品師」は宝石箱に詰められたお話を私たちの前にひろげて見せることで、あがた森魚の横顔を、より神秘的にステージの影へと浮かばせるのです。その横顔は、いつしか港の模型図をバックに差し換えられ、「第六惑星」をいとおしむ男が海月夜に向ける想いの影画へと繋がってゆきます。カリガリ博士やネモ船長たちが記憶のオブジェは、あがた森魚が幼心の完成を目指すにまかせて郷愁の匂いを立ち昇らせ、シャリシャリとしたコードストロークを補うように「佐藤敬子先生」のぐるりを衛星のしかたで廻るのです。
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あがた森魚の声は、一度聞けば二度目からはすぐにそれとわかる特徴があります。大きな声の音符がだんだんと五線譜をのぼっていき、高音に達すると急にリミッターがかかったように、小さくプルプルとした音符となり、押し殺した感情の切なさを以って我々を魅了するのです。そんな有無をいわさぬ魅力は、一曲目が始まってより、音楽会のあいだ中ずっと私の耳元を熟しておいたのでした。
二曲目の「陽は昇る星は降る」では、船端に立ち北極星を眺めやるセーラーの無邪気さで笑い声を上げ、次の「銀星」では夜空の秘密を謳う道化よろしく「ホッホーッ!」とおどけて見せます。そのあいだ、向かって右側にはカラクリ人形のように首を上下させつつベースをはじくはちみつぱいの和田博巳さんが、左側では三上敏視さんが見るたびに違う楽器をめまぐるしく弾いているのが、地味ながら楽しさを増します。
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