Katia Guerreiro @ Shinosaka Melpark Hall (28th Sept. '04)
愛おしいファド ~カティア・ゲレイロという響き
part2
歌声は、中低音域の圧倒するような艶やかな張りと、高音域では絹の擦れるような繊細さを備えていて、貫禄と瑞々しさに溢れている。まるでストラディバリウスのようだ。グッと胸を振るわされるのだけれど、それは、コンサートやライヴでは今まで振るわされたことのなかった心の場所だった。
カティアの心に張られた幾つもの弦が共調し、叙事詩のような和音を響かせるからだ。生きとし生けるものすべてを慈しむ、ときに壮大で、ときに繊細な、愛おしいファド。
歌い終わると、すっと一歩マイクから離れ、感謝の意を示すのに両手を胸の前に組んで、少しはにかんでお辞儀をする。顔を上げると、その瞬間を噛み締めるように、輝くような笑みで鳴り止まない拍手に応じている。歌っているときとは対照的に、そこには喜びに満ちた魅力的な一人の女性が存在している。
物哀しくも明るい音色のギターラが次の曲のイントロダクションをつま弾き、クラシックギターとコントラバスのリズムが彩りを添えると、早く歌声がそこに響かないかと待ちきれなくなる。1小節も待てないくらい本当に渇望していたのだ。
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第1部と同じくパウロ・ヴァレンティンのギターラ、ジョアオン・ヴェイガのクラシックギター、ロドリーゴ・セラォンのコントラバスのアンサンブルで幕を開けた第2部の、山と海に恵まれたポルトガルの美しい風景を奏でたような“ファド・ロペス変奏曲”(この日、オープニング・アクトとして2曲だけ演奏したマリオネットが、まるで弦楽器のルーツを辿るような、どこかシルクロード的な響きのギターラとマンドリンの二重奏を聴かせてくれたのとはまた違って、興味深い)。3つのインストゥルメンツによる変奏曲が終わり、衣装を変えて舞台袖から静かに登場したカティアが、ステージ中央のマイクの前でその最初の一息を吐き出した、ちょうどその瞬間のように。
喜びも悲しみも、ただそこにある。そのことが幸福なのだろう。それを知るためには誇りも気負いもなにも必要ない。ただ身を空にして、弦を、歌声を響かせるだけ。ファド(運命)とは、書かれたものではなく、めぐり逢いのように感じる。
コンサートを終えて会場を出ると、いつのまにかしとしとと降り出した雨だった。家路の途中で徐々に強くなる。黒く濡れたアスファルトの上を、季節外れのカマキリが雨から逃れる場所を探してそろそろと這っていく。ふだんならそんな光景は見逃していただろう、と、そんな気にさせられた。
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photo and report by ken
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