The Captains @ Kyoto Jittoku (27th Aug '04)
「キャプテンズの正体」
これまでのザ・キャプテンズのレポートやインタビューを見ていて浮かんできたのは、『うる星やつら』の面堂君とそれを取り巻く乙女達のあのワンシーン。クールな美少年を装うも、完全無欠のオトコ前にはなり切れないあの感じだ。
京都は二条城近く、袋小路を迷路のように辿って行くと、本日の舞台、拾得が闇に浮かび上がる。ほぼ手を加えられていない蔵の中にはほどよい灯りが灯っている。拾得が醸し出す雰囲気はライヴハウスというよりは寄席に近い。この蔵が拾得という名前を得るまでの年月が梁や土壁が物語り、土間の土臭さが瓶ビールにコップという画を際立たせる。
「北酒場」をしっとり歌い上げた、マーガレットとロマンス岬のカモメたちと、悶絶絶叫パンチラキーボードから一瞬も目を離すことができなかった50's high teens、共に縦ロールにつけまつ毛、ミニスカートにはもちろんヒールというまさに女のいいとこ丸出しな風貌を持ちながらも、自分の音楽を産み出す瞬間瞬間には熱い音楽魂が込められていた。
さて、待ってましたのザ・キャプテンズの登場と言いたいとこだが…出番直前まですぐ近くにメンバー全員が座っていたものだから、おおおっ、あれがキャプテンズか!という感動はさほどなかった。ただステージに立つ傷彦、ヒザシ、テッド、ヨースケの表情はさっきまでとは違って、完璧ザ・キャプテンズ・モードにスイッチが切り替わっている!
ザ・キャプテンズにはストーリーは毎回違えど、ベタベタなギャグでも同じ所で笑ってしまう吉本い新喜劇のような、間が命のコント的要素がある。芯の通ったザ・キャプテンズ像が完璧なまでに出来上がっていて、一曲ずつというよりはライヴが一つの物語として描かれていく。「お前一番星」から始まった今日の物語は、カルメン+バラに傷彦のダンスが決まっていた「恋するマタドール」、『母をたずねて三千里』のお母さんがマルコをに呼びかけるような哀愁たっぷりのテッドがボーカルを取る「砂浜ラブレター」。そしてお決まりの告白タイム&失神が繰り広げられる「恋をしようよ」、ヒザシによる振り付けタイム…ラストの「夕焼けサンドビーチ」まで、ちっとも一呼吸おく間がなかった。面白い!不特定の年齢層での今日のようなライヴでも、お客さんとこんな形でのコール・アンド・レスポンスも成立させられるものなのだ。
そして何より安定したバンドの演奏力も言い忘れてはならないだろう。ライヴ中にも度々傷彦が口にする「最後のGSバンド、キャプテンズです」というフレーズ。GSと言われてもオンタイムで聴いてきているわけもないし、何となく言葉のイメージでしか浮かんでこない。だが私の中にあるGSというものとは違っていた。最後のGSというよりは、キャプテンズにしかできない唯一のGSで、メンバーそれぞれが聴いてきたいろんな土壌の音楽を殺すことなく、新しいGSという音楽を形成しているのだ。その証拠にヨースケのドラムはにはロック臭さがあるし、テッドも涼しい顔をしながらも、聴いていて安心感のある力強いリズムを弾き出していた。残念ながら今日は観ることができなかったが、ヒザシはタッピング奏法を披露することもあるという。今日のライヴでは、そのキャラクター、パフォーマンス、演奏力、全てのバランスが絶妙だった。それは、それらの要素が一つでも欠けてしまったり、どれか一つでも突出してしまったら、キャプテンズの歯車が音を立てて崩れていきそうなほどのギリギリのものでもあった。
ライブ直後の今、私の中にあった勝手な面堂君なイメージは変わりつつある。もちろん乙女の心を奪っていく要素は存分にある。でも今日観たザ・キャプテンズは私の乙女心にバラを咲かせることはなかった。その変わりに「笑えてカッコいいザ・キャプテンズ」像が確立されたのであった。それが今のザ・キャプテンズの正体と言ってもいいだろう。
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