FERMIN MUGURUZA KONTRABANDA in Radical Music Network Festival @ Club Chitta Kawasaki (27th July '04)
「謙虚さと幸福のカタルシス」 - part 1 -
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三年ぶりの日本のステージは、今にして思えば、相当気合いの入ったものだったに違いない。そんな様子は微塵にも感じなかったけれど。日本が初めてというメンバーも多くて、リハーサルを終えて本番までの長い待ち時間「鎌倉は近い?」とすっかり観光モード。「(チッタの目の前の)川崎大師にしておけ」と日本人スタッフに嗜められて、右も左もわからない異国の地、という感じはこれっぽっちもなく、まるで住み慣れた近所にでも行くようにぷらぷらと散歩に出かける。「準備してるから夏祭りがあると思ったら、明日って言われたよ」と飄々と帰ってきたコントラバンダの面々。フェルミンの首筋とDJのDZの腕には、真新しい漢字のタトゥーが。コーラスのベゴーニャはさすがにこの日本の湿度に音を上げたらしく「暑い、暑い」としきりにうちわを煽いでいる。ソルクンの姿が見当たらないと思ったら、楽屋で仮眠中とのこと。やっぱり、どこに行ってもマイペースな人たちだ。
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だが一度ステージに立つと、真摯でラテンな情熱を自らの音楽に注ぎ込む。それが今日は、いつもにも増して顕著な印象なのだ。1曲目がアルバム『BRIGADISTAK Sound System』収録の、マヌ・チャオとの共作” Maputxe(マプーチェ)”というのが少し意外だったのだけれど、ゆったりとしたリズムに漂うように、フェルミンとソルクンが情感たっぷりに歌い上げると、サイレンのSEと印象的な重厚なブラスのイントロダクションが鳴り響き、去年リリースされたアルバムのタイトル曲である” In-Komunikazioa(孤立)”をソウルフルに歌うコーラスと、キッチュなスクラッチ、流れるような旋律の凛としたトリキティシャが、この上なくハッピーでアジテートでスピードを上げた裏打ちのスカのリズムの上で、躍動感たっぷりに飛び跳ねる。フェルミンのテンションものっけから最高潮だ、と、これはいつものことなのだけれど。
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トリキティシャをロックに掻き鳴らすシャビの、いつになく柔らかなソロで幕を閉じると、フェルミンの「コンバンワ、カワサキ! We are FERMIN MUGURUZA KONTRABANDA! from Basque country!」というアナウンスの後、「ドン!ドン!」というバスドラとブラスのリフが響いて” Urrun(すべては遠く)”。この時点で、フロアで狂喜乱舞している観客の誰もが満面の笑みだ。続いては一転、陽気に弾むカリプソに、やはりスカにソウルにファンクに、がごちゃ混ぜになった” Hitza Har Dezagun(発言しよう)”では、ブラスのアリッツにジョンにイゴールの面々が休む間もなく右手を翳して飛び跳ねている。” Newroz(ネウロス)”はクルドの伝統的な新年の行事を題材にした歌で、アルバム『BRIGADISTAK~』でのアンジェロ・ムーア(フィッシュボーン)顔負けのブリブリにファンクなブロウで、サックスのジョンがリードする。
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神経ガスを使用したクルド人居住区への無差別虐殺に象徴される、フセイン政権による弾圧の歴史をもつクルドに、スペイン内戦時代にナチスドイツによって無差別的な都市空爆を受け、ナチスの支援を受けたフランコ将軍による独裁政権に30年前まで弾圧されていたバスク出身のフェルミンが、シンパシーを感じるのはとても自然なことだと思う。75年にフランコが死去した後スペインに民主主義政権が誕生したのに伴い、新憲法成立によって1979年に自治を回復したバスクは、90年代末の社会労働党政権時に独立への機運が一気に高まったものの、2000年にアスナール国民党政権が誕生とすると状況は180度変化。アスナール政権はとくに9・11以降は「テロとの戦い」をスローガンに掲げて、バスクの自治に対し様々な政治的制約を課し、スペイン中央議会に議席を持つバスクの地域政党バスタナを、過去に極左テロ組織ETA(バスク祖国と自由)に資金援助していた疑いがあるとして非合法化し、政治集会の禁止、資産の凍結、事務所の閉鎖、強制捜査するなどした。
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