ツアースケジュールを見て、遂に会えると心躍った。僕にとってキャットパワーは気になる存在だった。その理由は、もう1年以上前だった気がするが、某音楽雑誌に載っていたキャットパワーの記事を読んだからだと思う。
その内容は、ライヴ中の度重なる演奏のミス、会場演出のミスに対して何度も「ごめんなさい」と謝りながら、動揺しながらその日のステージをこなした。というようなものだった気がする。彼女は、失敗をごまかさない、というかごまかせない不器用なひとなんだろう。胸打たれそう。今日は見世物ではない、ショーン・マーシャルそのひとの生の姿が見られるはずだ。
そんな期待を抱いていたにも係わらず、猛烈な遅刻を決め込んだわたくし。学校の授業なんて、でらんめぇ。と思っていたが、なかなか抜けられず、自らの小心さを嘆きつつ、なんとか到着。オープニングアクトは終わっちゃってて、まずへこむ。で、キャットパワーには間に合うべ、と思ったらもうやっててさらにへこむ。しかし、到着直後に素晴らしい歌声に迎えられ、「こんな体験は遅れなくちゃ味わえないぜ。」とポジティヴシンキングへ軽くシフト。他の音楽雑誌関係者の方々も僕と同じくらいに来てたみたいだけど、全く悠長な感じで、もうちょっとレポートに魂入れて欲しいというか、ああはなりたくないなと密かに思うのだった。遅れた身分で言えた話ではないかもしれないが…
はじめは状況が掴めなかったが、前方の人たちは座っている様子。柵も取っ払っているように見える。おかげで遠くからでもステージ全体が見渡せ、ここがハコじゃなけりゃストリートライヴのようなアットホーム感。お客さんもまったりモードに入っている模様で、ガツガツした様子はない。また、僕の周りに限らず外国人が多かったのがこのアーティストの特徴かも知れない。そのせいもあってか、みなさん演奏中におしゃべりしたり、アーティストの方を向いてなかったり、普段のライヴを観る姿勢とは全く違うのでいくらか違和感を覚えつつ、フェスティバルっぽいなぁと思い、夏フェスに思い馳せていた。
このままだと状況報告だけでレポートが済んでしまいそうなので、本題のライヴに移りましょうか。いやぁしかし、このひとはライヴのひとですよ。CDで聴くのに比べて100万倍は生々しいです。前述した不器用ってのはおそらく僕の思い違いで、不器用というよりただナチュラルなんだと思った。普通ではありえないくらいお客さんに話し掛けるし、独り言が多い。ライヴだというのに、間をものともしないところが、「このひと大物だわ。」と思わせるところである。し〜んと静まり返る時間が多すぎて、見てるこっちがそわそわしてしまうという、変なところでスリリングな体験を味わうことができるのが魅力。
服装もいたってナチュラルで、ギターを構えて椅子にちょこんと座っているとただの女の子。しかし、驚きなほどいい。何がって演奏が。ギター別に上手くないんだけど、ああいう風な、丁寧なのに綺麗じゃない演奏って少し人を惹きつけてしまうところがあると思う。例えば、パティスミスのギターも超下手なんだけど力があった。気持ちのギターと僕は呼んでいます。ピアノもそんな感じで、歌声の輪郭をうっすらぼかすような、もともとくぐもった声だから柔らかく演奏と同化しちゃって、さながら樹海の中にいるよう。全てが協調し合う音楽。英語を解さない僕にとっては歌すら音。強烈な"歌"を予想して臨んだ僕は、最初は主張の弱さに戸惑ったけど、ギター一本ピアノ一台でここまで広がりのある音楽を生み出す表現力には驚かされた。
しかし、不器用ではなく天然であると判断され僕のテンションは少し下がり気味だったが、もしやこれもまた演出なのではと疑い始めると、猫かぶりとキャットパワーがリンクしていっそう猫かぶりの仮説を捨てられなくなった。そんなくだらないことばかり考えていたせいか、ステージから彼女が消えていることに気付くのが遅れてしまった。マイクを持って楽屋の方へすっこんでいったみたいようで。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。最後っぽい感じの曲が終わって今日は終わりかなと思いきや、バブルガムヒップホップ(?)的な曲がトラックだけではなくラップもスピーカーから流れてきて、キャットパワーはラップに合わせてクチパク。ブレイクのところはしっかりポージング。ショーン・マーシャルめちゃゴキゲン。と、このひとホントにキャットパワー?な感じで幕は閉じた。
最初から最後まで翻弄されっぱなしで正直参った。。。この徹底したフリースタイルには言葉もありません。人懐っこくてなぜか憎めない、もろに猫な性格。僕がネコ嫌いだったらどうなっていたことか。今回はペースの主導権を握られっぱなしだったから、是非また来て欲しいです。フジロックのアヴァロンステージとかで見たいニャー。
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