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| なぜこの人はこんなにも優しいのか。 何も知らない私は、彼からにじみ出る優しさにとらわれていた、といっていい。彼が何を歌っているかはほとんど分からなかったけれど、優しさはただ確か伝わってきた。そう、私はRon Sexsmithを何も知らなかった。カナダから来たいいミュージシャンで、今度アコースティックでライブをする。ある人から聞いたこの言葉が、彼について知っているほとんどすべてだったのだ。 Quattroは一段下りたフロアをカウンター席がぐるりと取り囲み、ビールを飲む手を休めるのによい高さの丸テーブルや、レンガをはめ込んだ壁、夕焼け色のライトなどがどこかパブの趣だ。観客もみなリラックスした様子で、思い思いにゆったりとした時間を過ごしている。私の前にはちょうど、少しイギリスなまりの英語を話すブロンドの女性が座っていた。横には夫らしき男性と、5歳くらいの二人のかわいい男の子、そして友人と思われる日本人女性。小さな子の相手をする彼女は、全く母親のように思われた。 客電が落ちRon一人がステージに立つと、彼女はちょっと落ち着かない様子で椅子から立ち上がり、男の子の一人は椅子のうえに上った。二人の肩越しのライブが始まった。 |
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| Ron Sexsmithの歌声は過去と優しく結びついて、いつかのあの頃を美しく思い起こさせる気がする。ここではないどこかで日常を過ごした日々の風景。彼ではない誰かをおもった日々の想い出。今はもう消えてしまって普段なら思い出すこともないようなことが、くっきりと浮かびあがる。Ronの歌声はどこまでも優しいから、きっと美しい過去として映ることだろう。私にはRon Sexsmithが流れた時はないけれど、じっと聴き入る彼女の後ろ姿に、そんなことを考えた。彼女は二児の母親のようには見えなかった。 |
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| 1曲終わるごとに観客たちは熱のこもった拍手や歓声を送り、Ronがさらに曲で応える。会場の規模もあっただろう、アコースティックという形のせいもあっただろうが、何よりもRonと観客の優しさがまるで呼応しあうようにしてこの日のライブを作り上げていた。はじめ、ジョークでバンドメンバーを紹介するふりをしながら「今日は僕一人なんだ、それでもいいかい?」と言っていたのを見ると、彼の声とアコースティックギターもしくはピアノ、その二つだけで他言語圏の人々に伝えなければならないことに、少しの不安を持っていたのかもしれない。ライブのあいだ、彼は何度も何度もThank you very much.と言った。覚えたてであろうぎこちない"アリガトウ"も折り込みながら、幾度となく感謝の言葉を口にした。彼のThank you very much.は曲の終わりを教えるものではなく、本当に言葉どおりのThank you very much.だったのだ。 アンコールでは観客から突然のリクエスト宣言まで飛びだし、Ronは次に演奏する予定だったのであろう「Secret Heartかい?」と笑ってふざけてみせながら、そのSpeaking With The Angelsを歌った。アンコールは2度にわたり、いつかの未来にRonの曲が呼び起こすであろう一日になったのではないだろうか。 Ronは最後、少し照れくさそうに片手を上げ、小さくピースを残してステージを去った。ピース=peace。peaceな空間にピースはよく似あう。 ![]() report by iuk and photo by keco |
![]() ![]() *setlistはRon Sexsmith自筆のものです。 |
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