Eastern Youth @ Shibuya Club Quattro(20th March '03)
お前はどうなんだ
 
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イースタンユースのライヴについて書くのは本当に難しい。彼らはいつだって素晴らしく、ハズレに当たったことがない。かと言って毎度毎度同じことを書きたくない。気合い、迫力、叫び、男気という彼らのライヴで常套句になっている言葉を出来るだけ使いたくない。それでイメージを固定されるのではないか。もっと彼らは自由だし、様々なレッテル貼りに反発して、それを必死にかわそうとしているからだ。
それにライヴの素晴らしさが読んだ人に伝わっているのか、イースタンに関しては自信がない。それは自分に表現する能力がないからなのか、こんなもんじゃないだろう、もっと凄いはずだ、単にやった曲やMCや歌詞を書き連ねただけでいいのか。「ライヴに来い、そして体験しろ」だけでいいのではないか。そんな気がする。
自分がこうしてイースタンのライヴに足を運ぶのは、その音の塊を体験するためな
のだと思う。ラストの"踵鳴る"の最初の一音が鳴ったときのドカン!と来たとき、こ
れがイースタンユースに求めているものなんだと思った。その音だけで自分は充分な
のだ。
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一応、レポートのようなものを;半年ぶりに観るイースタンユースは、曲と曲との間を物思いにふけるようなスローなジャムセッションでつないだり、吉野は「友達はちょっとはいる」とMCしたり(いつもは「友達はいない」とか言っている)、合唱するお客さんが増えたり、ダイバーに怒らなくなったり、新しいアルバムからの曲が多かったり、やはりMCで戦争に触れるけど「俺にはそれに比べればちっぽけなことだけど、もっと悲しいことがあった」と、しばらく観ないうちに変わったなと思うところはあるけど、基本的にはいつもと同じである。 |
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そして、いつも素晴らしいと感じるのは、先のことをあれこれ考えず、目の前にあることに対して全力を注ぎ込むこと、自分の力を信じ、手探りでいいから、そこから始めていくこと、その姿勢がギターのノイズになって、ベースのうねりになって、ドラムを叩く音になって、声になって、ぶつかってくるからだ。そして「俺らはここまでやった、お前はどうなんだ」と問い掛けられているような鋭さを持って聴く者の心に飛び込んで来るのである。
-- set list --
自由 / 走る自画像 / ポケットから手を出せないでいる / 無用ノ助 / スローモーション / 東京快晴摂氏零度 / 破戒無慙八月 / 黒い太陽 / 夜の追憶 / 秋風と野郎達 / ドアを開ける俺
-- encore --
世界は割れ響く耳鳴りのようだ / 踵鳴る
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report by nob and photos by maki
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