Ben Harper & The Innocent Criminals @ 新宿リキッドルーム (17th and 18th Jun. '01) - part1 -
|
なにが音楽であろうと知ったこっちゃないし、その善し悪しに関して話をすることもどうでもいい。まるで装飾品のように着飾るための音楽があってもいいだろうし、消耗されるだけの商品であってもかまわない。あまりに窮屈な日常から逃れるためだけの道具のような盆踊り音楽であってもそうだろう。
そんなものを聞く気もないが、それだけではなにかが欠けているし、そんなものには息をするだけでも苦しくなるような人間だっている。おそらく、自分はそんな人間であり、自分に必要なのは、あがなうことができないほどの力で魂を揺さぶり、息もできないような日常から救い出してくれれる音楽だ。下手をしたら、時にはそれが麻薬のように感じることもあるし、そんな罠にでもはまってしまったのかのように思えることもある。だからといって、今更どうしようもない。
が、残念ながら、なかなかそんな音楽でに出会うチャンスはなくて、時に音楽そのものへの愛情や魅力が失せたのかと思うこともある。実際、消費のみならず消耗だけを売りにした大量生産のジャンク・フードには完全には食傷気味で、そのオンパレードがほとんどのラジオなんてとうの昔に聞かなくなってしまった。同時に、キャッチ・コピーと英米の情報の焼き直しのような音楽雑誌にも興味もなくなった。結局、買っているCDも聞いているのも昔の音楽ばかり。思うに、年をとると音楽を聴かなくなる人が多いというのが、そんなところにも理由があるんじゃないだろうかとも思う。
「いやぁ、僕もラジオなんて全然聞かなくなったし...」
ベン・ハーパーのバックでファンキーなベースを演奏するフアン・ネルソンも同じような気持ちでいるらしく、3年ぶりの再会となった最初の会話はそんなところから始まっていた。
そんな自分にとってここ数ヶ月で最も感動したのが彼らのライヴ・アルバムだったことは改めて記す必要もないだろう。当初は「風変わりなブルース・アーティスト」あるいは、黒人版のライ・クーダー」といったキャッチ・コピーで紹介されたのがベン・ハーパー。だが、彼の音楽から垣間見えるのはロバート・ジョンソンからサンハウスといったブルースからマーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドといったソウル、あるいは、ボブ・マーリーやピーター・トッシュといったレゲエ、さらにはラップやフォークからカントリーにクラシック、ゴスペルにカリプソといった様々なスタイルの音楽。その全てがベン・ハーパーというフィルターを経て昇華され、発酵されたグローバルでコンテンポラリーな、"ベン・ハーパーの"としか言いようのない音楽を生み出している。それを一発で知らしめてくれるのがライヴであり、それを見事に凝縮したこのライヴ・アルバムはファン待望の1枚だったと言っていいだろう。
が、彼の音楽の重要性はそんなスタイルにはとどまらない。それよりなにより、スタイルなんぞ遙かに通り越して、聞くものの心を揺さぶり、捕らえて離さないなにか。だからこそ、あれほどまでに素晴らしいライヴ・アルバムであっても、所詮はそれが「記録(レコード)」でしかないというのを否応なく知らしめてしまうのだ。それがこの17と18日のライヴだった。
おそらく、この日会場に集まっていたオーディエンスもそれを直感しているのだろう。この3年間待ち焦がれていた彼らがステージに登場する前から、ある種の熱がフロアを覆いつくし、照明が落ちるやいなや、その熱気が一気に爆発する。それはまるで飢えた人々が食べ物を目の前に出されたときのようなものだ。
ところが、姿を見せたベンはいきなり写真撮影。(17日のこと)オーディエンスに近づいて、おそらく買ったばかりなんだろう、小型のポラロイド・カメラで彼らを撮影しながら、撮った写真を渡し始めている。ちょっと拍子抜けしたファンもいたかもしれないが、ひとたびギターを弾き始めるとそこは完全なベン・ハーパーの世界だ。「戻ってこれてとってもハッピーだ」という一言で始まったのはライヴ・アルバムの1曲目にも収められている"Glory & Consequence"。1曲ごとにギターをとっかえひっかえの演奏が続いていった。 |
report and photos by hanasan
|
|
|