チベタン・フリーダム・コンサート at 東京NKベイホール(2001年5月13日)
 NKホールのすぐ近くにあるヒルトン東京ベイホテル1階の記者会見場は緊張感ではりつめた空気になるかと思きや、ラフな格好した音楽関係者と思われる人ばかりで、意外にリラックスした雰囲気だった。意味もなくジョンスペンサー・ブルース・エクスプローションのTシャツを着てきた自分は浮いてしまうかと思ったけど、そんなことはなかった。受付で貰った資料を読んでいて、ふと顔を上げみると皆が揃い、ちょうど会見が始まるところだった。チベタン・フリーダム・コンサートに先立って行なわれた記者会見である。出席者のビースティ・ボーイズのアダム・ヤウク、ミラレパ基金のアンドリュー・ブライソン、ミラレパ基金日本の田原智子、バッファロー・ドーターのシュガー吉永、チャクサンパのタシ・ドゥンドゥップ、元囚人のパルデン・ギャッツオが席についた。まず、田原智子さんのスピーチがあり、ミラレパ基金やこの日の出席者の紹介などがあった。次いでアダム・ヤウクが、報道の大切さや非暴力の重要性を訴えるスピーチ。それにしても、かつての悪ガキぶりはどこへやら、今ではアメリカの典型的な大学生、もしくはピーター・バラカンと言っても通用するさっぱりした好青年になっていた。

 記者会見のメインは元囚人のパルデン・ギャッツオさんの話で、

 「1959年に中国政府に捕まり、33年間獄中につながれていた。その仲間の3分の1が餓死した。死んでゆく人達は、この状況を世界中の人に伝えてほしいと言い残して行った。囚人たちは強制労働で大工、絨毯(じゅうたん)の制作に従事させられた。手を休めると拷問が待っている。この強制労働のおかげで安く質のよい絨毯を香港に持っていき売りさばかれた。

 だけど技術の勉強をしたと思っている。中国に対しての怒りは無いし、怒りが世の中を良くすることはない。このようなことが二度と起きないように、私は誰に強制させられることなく、自分の意思で話している。拷問によって歯を失ったが、イギリスのアムネスティ・インターナショナルのおかげで歯を取り戻すことが出来た。対話で問題解決することが大切である。独立でなくても、完全な自治権を勝ち取りたい」。

 ポイントをメモしながら聞いていただけなんで、全てを伝えることが出来なくて申し訳ないが大体こんな話をした。特に印象的だったのは、淡々と、しかし具体的に語られた凄惨な拷問の数々と、「怒りが世の中を良くすることはない」という言葉である。それと話し終わったときの慈悲深そうな表情も過酷な状況をくぐりぬけたと思うと輝いている感じだった。

   ヒルトンの売店でパンを買い、海を眺めながら食べて時間をつぶし14時頃会場へ。ロビーにはチベットに関するブースがあり、 日本政府にチベットを無視せずに非暴力の闘いをサポートするように訴えるものと、2008年のオリンピックを北京に招致しないように訴えるという、二つの署名活動が行われていた。この日は酒類の販売はなく、喫煙エリアが分けられていた。割とマナーは守られていた感じだったし、チベットに関するブースに興味を持つ人も多かった。コンサートはまず、チベタン・フリーダムコンサートの歴史を紹介するVTRの放映、ユウ・ザ・ロックの司会で、田原さんのスピーチ、チャクサンパによるチベット国歌の斉唱、ダライ・ラマのメッセージがVTRで流れて、ライヴが始まった。

ブラフマン

 一番手のブラフマン。いつものようにブルガリア民謡「お母さん、お願い」で登場。いきなり新曲を二連発。迫力のある曲でお客さんの受けも上々。お馴染みの「Answer For・・・」「Deep」「New semtiment」「See Off」は大盛り上がり。ハードコア・パンクを下敷きに東洋的なメロディを取り入れたり、複雑な構成を持つ彼らの持ち味が、ライヴハウスだけでなくNKホールでもきちんと力を発揮できる貫禄がついた。途中に新曲をもう一曲。ラストはトシロウのぼそっとした短いMCのあと「Arrival Time」。この曲でドラムが走ってしまいちょっとリズムがずれたり、ギターの一時音が出なくなったりしたが、激しい演奏に哀愁を感じさせるメロディが乗り陰影のあるハードコア・パンクを聴かせてくれた。

 ブラフマンが終わって数人に感想を聞いたところ「いつも通りで良かった」「新曲が良かった」「ちょっと調子が悪かったかな」「トシロウのステージアクションがだんだん演技臭くなってきた」などの意見が出た。ちょっと賛否分かれるところだったけど、この勢いをそのままフジロックのグリーンステージでも見せて欲しい。

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1.新曲
2.BASIS
3.ANSWER FOR・・・
4.DEEP
5.NEW SENTIMENT
6.SHADOW PLAY
7.SEE OFF
8.THERE'S NO SHORTER WAY IN THIS LIFE
9.ARRIVAL TIME

UA

 次がUA。じわじわと染み込んでくるような彼女の歌声が素晴らしい。ウッドベースの響きが心地好いバックの演奏陣も好演だった(メンバーは元ルースターズの井上富雄(ベースでなくg)、朝本浩文(Key)、リトル・クリーチャーズの鈴木正人(b)など)。ハイライトは「りんご追分」のカヴァーで原曲の味を生かしつつ、ダブっぽいリズムに乗り完全に彼女の世界になっている。会場は静かだったけど、それだけ彼女の声に皆が聴き入っている感じだった。

 ライヴ後の感想は「『りんご追分』が良かった」「(朝本浩文の)ピアニカが気持ちいい」など。

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1.青空
2.ロマンス
3.りんご追分
4.乾く日に
5.雲がちぎれる時

 ここでもパルデン・ギャッツオさんのスピーチ。記者会見で話したようなことを大観衆の前でも淡々と話す。

バッファロードーター

 そして、アメリカのチベタンも含めれば3回目の出演、バッファロー・ドーター。去年のフジロック以上の演奏でNKホールをノイズの渦に巻き込んだ、のだがお客さんの反応は今一つ。その時Bブロックに居たのだけど、どんどんお客さんが外へ出て、最後はスカスカになってしまった。ブラフマンやミッシェルのファンには馴染みがない音かもしれないけど、「暴れるためのものでないけれども、激しいロック」というのも、身を浸せば気持ちいいものだよ。ムーグ山本の「これでお客さん30人はもらったな」という自虐的なMCもあった。ちょっと残念。なお、この日、チベットについてMCで触れた日本人アーティストはこのバンドだけである。セットリストは無いけど、「R and B (Rhythm and Basement)」などを演奏した。

 ダライ・ラマ法王日本代表事務所のザトゥル・リンポチェさんのスピーチがあり、次いで チベット人ミュージシャンで現在アメリカで活動しているCHAKSAM-PA(チャクサンパ)が登場する。本来は10人程度のメンバーなのだけども、この日は二人がステージに立つ。彼らはアメリカでチベット文化を背景に様々な活動を行ない、そのうち一人は映画『セブンイヤーズ。イン・チベット』のアシスタントディレクターも務めていた。この日の演奏は弦楽器と声だけのシンプルなもので厳しい状況の下でも「ダンスミュージック」を奏でる彼らの意思を感じた。

 そしてアダム・ヤウクの登場。会場はかなり盛り上がる。邦楽ファンが多いのかなと思ったけど、この日はあまり洋楽とか邦楽とか意識せずに分け隔てなく聴く人が多いんじゃないかと思った。スピーチでは記者会見と同じく非暴力の大切さを訴える。

ブンブン・サテライツ

 ブンブンサテライツはバッファロー・ドーターの反応をみて今日のお客さんで大丈夫なのか、と思ったけど、フタを開けたら心配には及ばなかった。ブンブンの一曲目はテクノよりに戻ったのかなと思ったけど、中野のベースが唸りはじめてからが圧巻。この前のAXでのライブのテンションを短い時間に凝縮したような演奏ぶり。会場も盛り上がりダイブする者続出だった。テクノロジーを完全に自分のものにしてテクノ、ロック、ヒップホップとジャンルを食い破る彼らの音は今の日本を代表するバンドだと思う。

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1.Dig The New Breed
2.Push EjecT
3.Scatterin' Monkey
4.Your Reality's a Fantasy But Your Fantasy Is Killing Me
5.Sinker

ミッシェル・ガン・エレファント

 トリがミッシェルガン・エレファント。「荒野の1ドル銀貨」でもなく「ゴッドファーザー・愛のテーマ」でもなく、クハラのドラムソロから始まるという、これまでにない始まり方だった(と思う)。そして他のメンバーが登場して一曲目が「暴かれた世界」。以降はヒットパレードという感じで、盛り上がりまくる。「スモーキン・ビリー」では「愛という憎悪!」の大合唱。チベタンで「憎悪!」というのも何だかなぁと思うが、「愛と言うぞっ!」と聞こえたことにする。それにしても、演奏がニルヴァーナやパールジャムになったかと思うくらいグランジロックと化していた。今の彼らは空間やタメを重視するのではなく、轟音で音の壁を作る方に行っているようだ。そのため、終演後、何人かに話を聞くと絶賛の声が多かったけど、中には「ロックンロール」が失われたことに失望する声もあった。

1.暴かれた世界
2.ベガス・ヒップ・グライダー
3.GET UP LUCY
4.ベイビー・スターダスト
5.GT400
6.スモーキン・ビリー
7.G.W.D.
8.CISCO

 イベントはトリが始まる前に5人救急車で運ばれたとのことで決して安全なものではなかったけれども、チベットの自由を訴えるメッセージは素直に受け止められたんじゃないかと思う。出演したアーティストたちは甘さに流れることはなく、いつも通りの持ち味を発揮したり、新たな段階を見せてくれるようなライヴを披露してくれた。ユウ・ザ・ロックの司会ぶりも、クド過ぎずちょうどいい按配で自分は好感を持った(まあ、好き嫌いははっきり出ちゃう人かもしれないけど・・・)。

 さて、ではこのコンサートの後に何を考えればいいかと言うことだけども、チベット問題は自分たちの問題であるということでないかと思う。中国人によるチベット植民政策は、大航海時代にヨーロッパ人が南北アメリカ大陸で原住民に対しておこない、明治時代に日本人が北海道でアイヌ人に対して完璧にやり遂げ、のちに満州で失敗したことと同じである。「他がやっているから彼らや我々がやっていい」のではなく、そういう不幸の連鎖を断ち切るために非暴力ということではないだろうか。また、この世界の中で「チベット問題」が独立してあるのでない、ということ。さまざまな国のいろんな問題が絡み合っていてチベットのことが浮かび上がってる。例えば、日本の戦後民主主義と呼ばれるものを否定し、第二次大戦の日本の侵略を正当化する人達も中国のチベット政策を非難している。一見チベットに関して同じことを言うように見えるが、それはどういうことか。もちろん欧米の政府や周辺国にもそれぞれ思惑がある。それから世界中でこのような問題は決してチベットだけにあるのではないし。いろいろあって複雑になってしまうかもしれないけど、そのときに忘れてはいけないのは、チベットの人たちの非暴力の闘いと、「怒りが世の中を良くすることはない」という言葉であると思う。

参考サイト

ミラレパ基金

http://www.milarepa.org/

Students for a Free Tibet

http://www.sftjapan.org/

アイヌ問題

http://village.infoweb.ne.jp/~fwiz5176/ainu.htm
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8729/

世界の民族独立運動

http://www.geocities.com/Tokyo/Towers/7869/minzoku.html
http://www.jca.apc.org/emsj/japanese/jtop.htm

Reported by ノブユキ.


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