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「今日のこと、何て書くんですか?」と終演後、友人に訊かれた。確かに表現に困るライヴだった。一言「良かった。これで今年の苗場も楽しみだ」でツアーリポートの任が済めば良いが、そういうわけにもいかない。特にメンバーが格好いいわけじゃなく、衣装が凝っているわけでもなく、ステージアクションがあるわけでもなく、映像が素晴らしいとか、テクが凄いと言うわけでもなく、歌詞に明確なメッセージがあるわけでもなく(注)、彼らの出す轟音に身を浸して、ひたすら快楽を味わうライヴだったので言葉を浮かばせるのが難しい。 まず、ライヴは初期のブラック・サバスの曲をSEにして、スチュアート・ブレイスウェイト (guitar、vocal)、ジョン・カミングズ (guitars、piano)、ドミニク・エイチソン (bass)、マーティン・ブラック (drums)、バリー・バーンズ(flute、guitar、keyboards)が登場する。1曲目の「MOGWAI FEAR SATAN」でゆったりとミニマルなフレーズの繰り返しで始まり、突然スイッチが入ったように轟音の渦の中に突入していったときに五感のすべてがノイズに覆われて別世界に連れていかれる。ノイズを曲の中心に据えるのは、ジーザス&ザ・メリーチェインやマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ソニック・ユースがやっていたことの発展形で、彼らモグワイの場合は以前のバンドよりもギターのノイズをコントロールすることを重視しているように思える。轟音の海を作り出すことによって得られる快感のツボをきちんと踏まえているのだ。フルートやキーボードを使った曲も轟音の中で驚くほど美しく溶け込んでいた。スチュワートがボーカルを取る曲も2曲ほど披露。上手いわけではないけども、フルートなどと同様に楽器のひとつとして効果的に使われていた。たくさん吊り下げられたミラーボールを効果的に使用したライティングも素晴らしくキラキラとした光が降り注ぐような轟音にマッチしていた。 この日のハイライトは「XMAS STEPS」でイントロから歓声が上がり、静から動へノイズの嵐に突入すると、ステージにある大小15個(スチュワートの頭を入れたら16個)のミラーボールは一斉に光を放ち、フロアからはダイバーも現れた。この高揚感はフジロッカーズorgの掲示板で「生まれる前の胎内の音」とか「死ぬ前に聴こえてくる音」などと言われたように生死の境、つまりはエクスタシーを音で再現しようとしているのだ。 エレクトリックギターがロックの世界で進化したのは皆さんもご存じだと思う。ジミ・ヘンドリックスからエディ・ヴァンヘイレンまで「奏法」の革新があり、あとはひたすら速さとか音数のテクニック誇示の世界になってしまい、80年代以降はギターの進化が終わってしまうかと思われていたのだけど、ジーザス&メリー・チェインが退屈を紛らすために、ソニック・ユースが旺盛な実験精神で鳴らしたギターノイズにまだ進化の余地があったのだ。つまり「奏法」の進化から「響き」の進化で、その完成形がモグワイではないだろうか。本来の意味でのプログレッシヴなロック、本来の意味でのハードでヘヴィなロックであると思う。 アンコールでいつ止むとも分からない轟音に身を委ねていると頭がクラクラしてきた。終わると酒も飲んでないのに酔っ払った気分と耳鳴りが残った。 セットリスト
MOGWAI FEAR SATAN encore MY FATHER MY KING(JEWISH SONGが消されて手書きでタイトルが書かれていた) (注)但し彼らは政治的な問題に積極的に関わっている。「また、この言葉を持たないインストゥルメンタル・バンドは、政治的な問題にも大きく関わってきた。1998年、グラスゴー・シティ・カウンシルは、サウス・ラナーク州における学生の夜間外出禁止令を導入した。(中略)彼らは、夜間外出禁止令は若者の犯罪率上昇に対しての不条理な解決法であると考え、アメニティの改良と教育の改善こそが正しい答えであると感じていた。こうしてバンドは"Fuck The Curfew(夜間外出禁止令)"とプリントされたステッカーを配り、EP『No Education = No Future (Fuck TheCurfew)』をリリースしたのである」(彼らのホームページより)。彼らのようにいきなり大きな問題に取り組むのではなく、身近で具体的な運動をするという姿勢は素晴らしいと思う。 Reported by ノブユキ. |