Sparks at 渋谷クアトロ(24th January 2001)
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Sheen and the Rokkets

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極めつけのカルト・スター、ついに来日!

 

 スパークスは1968年にロサンゼルス出身のロンとラッセルのメイル兄弟を中心にハーフネルソンとして結成。トッド・ラングレンに見出だされ2枚のアルバムを発表。1971年にスパークスと改名。当時の曲にはアリス・クーパーがカバーした「No More Mr.Nice Guy」がある。1973年、グラムロック全盛期のロンドンに渡り、『Kimono my house/キモノ・マイ・ハウス』から3枚の傑作アルバムはオペラのようにきらびやかでいて、どことなくインチキで、気品を感じるのにひねくれている独自のポップを展開。以降はパンク前夜のニューヨークで一見ストレートなロックンロールをやったり、ディスコ全盛のミュンヘンでジョルジオ・モロダーとダンスミュージックを作ったりしながら現在でもコンスタントにアルバムを発表している。

 

 

 女の人が歌っていると思うくらいカン高いカウンターテナー唱法はクイーンのフレディ・マーキュリーに影響を与え、彼らの持つユーモアはディーボなどに影響を与え、スタイリッシュなポップミュージックという点ではロキシー・ミュージックなどと共にウルトラヴォックスやJAPANなどのニューロマンティック勢に影響を与え、ビートと連動したキーボードとギターのアレンジは日本のバンドブームの火付け役であるBOφWYに影響を与え(というか、自分は布袋寅泰がラジオ番組で盛んにスパークスをかけていたのがこのバンドを知るきっかけになったのだ)、ダンスミュージック時代は後のデペッシュ・モードやコミュナーズなどのエレポップに影響を与えている。ピチカート・ファイヴの最新作にもゲスト参加して(しかも「キモノ」というジャストなタイトル!)注目されている中での来日である。

 

 

 クアトロは超満員。落ち着いた感じの人達が多くを占めていて平均年齢40歳くらいである。前日の同会場のブラフマン/SHELTERの平均年齢が20歳くらいだったので2倍である。まずは前座のサロン・ミュージック。かなり前から名前は知っていたが、初めて音に接するバンドだ。機材トラブルで10分押しで始まる。なんというか、バッファロー・ドーターのやっていることを昔からやっていたという感じ。あとはライドとかラッシュ、チャプター・ハウスの90年代初頭のシューゲイザーの音を連想した。

 

 

 サロン・ミュージックが終わると古いミュージカルの歌がBGMで流れる中、ステージはドラムセットとキーボードのみとなり、背後の壁には大小の風船が飾られる。30分くらい時間が経ち、場内が暗くなり、スポットライトに兄ロン・メイルが浮かび上がる。「We're going to play tonight〜We're going to sing tonight〜」と流れる音楽に合わせて口パクで歌い踊る。黒ぶちの眼鏡、チョビ髭、白いワイシャツにネクタイ姿でなんだか教頭先生みたい。または、チャップリンとか森繁久弥を思わせる。次いで、金髪美女セクシー・ドラマー(&バックコーラス)、そして、1976年の『BIG BEAT』のジャケット写真と比べれば、やはり太ったかな?弟ラッセル・メイルが元気よく登場。

 

 

 基本的に近作からの曲が多いけれども、やはり盛り上がるのは昔の曲である。「Something for the girl with everything」で大合唱が起こったり、「Hospitality on parade」で歓声が上がる。音はロンのキーボードセットの脇に置いてあるi-macに入っていると思われるプログラミングされたものが中心である。リズムもハットとバスドラが打ち込みでシンバルとスネア、タムなどが生だった。最近の彼らのダンス指向が反映されていて、古い曲も打ち込みのアレンジに変えられ、美しいメロディと非・マッチョ的なヴォーカル、エレクトロだけどゴージャス感のあるアレンジのダンスナンバーというのはペット・ショップ・ボーイズやイレージャーと共通点を感じる。

 

 

 笑えたのはロン・メイルで曲間には催眠術ショーや赤ちゃん浮遊ショーなど小ネタを繰り出したり(しかも日本語ナレーションつき)、「When I kiss you(I hear Charlie Parker playing)」の出だしで変な振り付けで踊ったりした。 表情を変えずに演じるロンのスッとぼけぶりは天性の喜劇役者を見る思いである。ちなみにロン・メイルは1948年生まれだから50歳を超えてます。このギャグと音楽の混ざり具合は電気グルーヴまたはロマンポルシェ。を思わせる。スパークスのライヴは芝居小屋で行なわれるどこか懐かしさを感じるショーなのである。彼らも本当に楽しそうで、確か2回くらい「ありがとう。ついに日本に来れたよ」とMCでラッセルが言っていた。本編ラストは70年代初期の名曲「This town ain't big enough for both us」で会場を沸かせた。

 

 

 アンコールではロンはTシャツにベレー帽、ラッセルは囚人服、金髪美女は本編と比べ露出が多い服で登場。ディスコ時代の名曲「The No.1 Song in heaven」からメドレーで名バラードをダンス仕様にアレンジされた「Never turn your back on mother earth」へ。

 

 

 アンコール二回目は1997年にイレージャーがリミックスしたバージョンに近い「Amateur hour」そして「When do I get to sing 'My Way'」だった。「また、すぐ日本に来るよ。約束する」とラッセルがMCで言っていたのだけど、苗場の深夜のテントで踊りながら観るというのはどうだろうか。この日の平均年齢の半分の人達でも十分楽しめるはずだ。

 

 

 

 

 

 

こぼれ話その1
ステージ後ろにある風船は東急ハンズから膨らました状態で買ってきたらしい。

 

 

 

 

こぼれ話その2
この日、岩盤でインストアイベントを行ったシーナ&ザ・ロケッツの鮎川ファミリーはそのままビルを上ってスパークスのステージを観ていたとのこと。あとちょい年配のミュージシャンとかアート関係者みたいな人がいっぱい来てましたね。

 

 

こぼれ話その3
キーボードはRolandならぬRonaldで(写真をよく見て下さい!)これは自分の名前に引かけていると思われる。芸が細かいッス。

 

 

 

感謝します(敬称略):西岡、坂部


Reported by ノブユキ


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