Music Journey of Morgan Fisher for a minute...
-- part1 --
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「さぁて... どうして日本にたどり着いたのかってぇと... ひょっとして麦茶が好きだったからかな(笑)」
インタヴューをしたのは、杉並区の閑静な住宅街にあるモーガンの自宅。近所に小川(運河だと思う)が流れ、蝉の鳴き声も聞こえてくるごく普通の一戸建てだ。その2階にマッキントッシュのG3を中心にちょっとしたスタジオがあり、そこでいつも音楽を創っているんだそうな。
「ホントは、84年にただの観光客で来たんだよ。で、そのまま居着いちゃったわけさ。それまで1年ほどハリウッドに住んでいたんだけど、全然うまくいかなくてね。それに、すごく退屈だったから、当時一緒だったガールフレンドとどこかに行こうかってことになって、地図を広げたんだ。その頃までにアメリカの主要な都市にはほとんど行っていたけど、どの町も魅力はなくて... その地図の反対側のページを見ると、日本があったんだよ。『う〜ん、こりゃ面白そうだ』って、ただそれだけのことだったんだよね。で、1週間で荷物をまとめて、ここにやってきたのはいいんだけど、日本のことといったらなにも知らなくてね。禅の本を読んだり、黒沢の映画を見たりしたことはあったし、YMOとかテツ山内とかぐらいは知っていたけど。ところが、日本に着いた途端に目に入る全てのものに魅了されたというか... 最初は外人ハウスに泊まって、英語の先生をやったり... お金なんて全然なかったから。でも、すごく楽しかったよ。
当時は全然音楽やってなくて... プロフェッショナルな意味でいえば、3年間なにもやっていなかったんだ。最初の『ミニチュアーズ』を発表してから、パンクしそうになっちゃって、音楽を止めようって思ったんだ。実際、やりたいことがなくなったんだよね... というか、働きすぎてたんだよ。だから、世界中を旅しようと思ってね。バンドとしてじゃなくて、ちょうど学生が休みにバックパックでやるじゃない? あんな感じで。18歳からミュージシャンとして仕事を続けてきて、そんなことしたことがなかったから。インドからヨーロッパ、アメリカ... で、ハリウッドにたどりつていたんだよ。ロンドンを離れるときには、楽器もレコードも全部売り払って... すごきいい気分だったよ。なんか、解放されたって感じでね。本当に自由だったね。
シンプルな仕事をするのも全然気にならなかったし... 日本に来て英語の先生からコピーライターとかもやって... 半年ほどしたら、ガールフレンドが日本に我慢できないって言い出してね。外人のなかには日本に全然フィットしなくて、飲んでばかりいるタイプがいて、それだったんだろうね。『イギリスに帰りたい』っていうから、『じゃね』って感じで...(笑)」
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interview and photo by hanasan
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