Interview with Futon バンコク発多国籍エレクトロ・ディスコ (29th Apr. '05)
- part1 - バンド結成のいきさつ
-- まず、バンド結成のいきさつ、というかどのように皆さん出会ったのか教えてください。
David(以下D) : 運命とでもいうのかな。まず、僕とBeeがバンコクで出会ったんだ。BeeはバンコクでラジオDJをしててね。それからクラブ(Rehab)のDJも始めたんだけど。最初に出会ったのは7年くらい前かな。GeneやMomoko とはそのクラブで2年くらい前に会った。バンコクはマルチカルチャーな場所といえるね。だって、FUTONのサウンドエンジニアはメキシコ人だし(笑)。
Simon(以下S) : 僕は、SUEDEのツアーでバンコクに来たときにラジオDJをしていたBeeに会った。彼の番組に出演したんだ。7年くらい前かな。そして、SUEDEが解散したあと僕はバンコクに移り、そしてBeeに偶然再会したんだ。
D : 僕はそもそも、何でバンコクに来たかというと、スキューバ・ダイビングのインストラクターとして来たんだよ(笑)。

-- す、スキューバ・ダイビングですか?!
D : そう(笑)。でも、バンコクでスタジオを持ったり(注1)、FUTONで活動しているから、今はインストラクターをしていないけどね。スキューバ・ダイビングはするよ。
-- ところでバンド名は何故にFUTONなんですか?
Bee(以下B) : アジアでもヨーロッパでも使われている単語をバンド名にしたかったんだ。
Momoko(以下M) : 布団は日本語よ!
B: あ、そうだね。80年代に日本語(日本の単語)がイギリスに沢山入ってきて、日本語を使うのがとてもクールに思えた時期があったんだ。
M : 日本だったら、かつて流行った"ナタデココ"とか"ティラミス"みたいに、外国の文化や食べ物についてちょっと詳しいのよ、と自慢してしまう感覚かもね。
B : で、ヨーロッパにも通じる日本語で、80年代風に流行って、でも今はちょっとダサいネーミングということでFUTONにしたんだ。
---- と、ここで日本の布団と海外のFUTONの違いについてしばし談義。ヨーロッパの家具屋さんなどで「FUTON」という看板が出ているのをご覧になった人もいるはず。しかし、日本の布団とは全然違いますよ!
(注1)Davidは音楽プロデューサーでAll SaintsやBryan Ferryの作品を手がけたこともある。現在バンコクにRiver House Studioを所有。
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Interview and photos by izumikuma
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