イタリアの闘うロッカー、Banda Bassottiに訊く -- Part2 --

Banda Bassotti

 翌日の夕方、表参道のビクター・エンタテイメントのオフィスに行くと、時間を待つ間に通された部屋にはマウリッシオと、同じく去年DUB MANIFESTの一員として来日した、両耳ピアスだらけの少々強面のトロンボーンのサンドカン、両腕が入れ墨でビッシリ埋まった、ローマのスカ・パブ『SALLY BROWN』のマスターのMr.ゴールドフィンガーが退屈そうにしていた。

 はたきの柄のような棒切れを杖代わりに「おれはラスタだ」とフィデル・ナダルの真似をするMr.ゴールドフィンガーに、「じゃあおれはパスタだ」と切り返すサンドカン(イタリアでも駄洒落あるんや…)。マウリッシオは傍らのミネラル・ウォーターを勧めてくれる。彼らにとって初のメジャーでのリリース、このようなプロモーションはさぞや退屈なんじゃないか、と尋ねてみると、「いや、日本ではおれたちはまったく知られていないから、こういうことをするのはとても大切なんだ」とMr.ゴールドフィンガーが大真面目で答える。

Banda Bassotti

report by ken and photos by hanasan.
Banda Bassotti 前の雑誌のインタヴューが終わり、奥の会議室のような部屋に案内されると、ヴォーカルのピッキオ、サイドギター/ヴォーカルのシガロ、マネージャーでありソングライターでもあるダヴィデ、サウンド・エンジニアの元NEGU GORRIAKのカキの4人と、それに今回通訳をしていただいた、RADICAL MUSIC NETWORK TOURとレーベルJAPONICUSを主催する小宮山さんがいたのだが、部屋の空気がなんだか淀んでいるというか…。思わず、どれくらいインタヴューを受けているんですか? と尋ねると、「昼の2時からずっと」という答が返ってきた。

 もう夜の7時をまわっている。「ライヴよりこっちのほうが辛い」と言う4人には、さすがに多少の疲れは隠せないものの、ライヴのときのテンションとは裏腹に、落ち着いた、穏やかな雰囲気が漂っている。カキにはエンジニアが持つ繊細さが見え隠れする。ダヴィデはどこか学生然とした感じ。ピッキオは近所に住む人のいいお兄さんという感じで、本当にごくごく普通に見える。ピッキオは41歳で3人の娘を持つ父親、ダヴィデも似たような年齢だと思うのだが、溌溂とした若さが印象的。当年46歳、どう見ても下町の親父としか思えないシガロのずんぐりとした体型が、ASローマのトッティのユニフォームに納まっているが妙に可愛らしいというか、ご愛嬌なのだが。


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