Here come the people's music again!
98年にファーストアルバムでシーンを席巻してからというもの、このラテンお祭りバンド「オゾマトリ」に関して、批評家やライブ好き人間の口からは賞賛以外の声は出ないようだ。
高く評価されている理由のひとつとして挙げられるのが、彼らのなんだかわからないサウンド。音楽ライターたち(僕も含めて)がこのL.A.出身の集団をカテゴライズしようと試みても、所詮それは無駄な努力というもの。時にはパンチの利いた、ブラスが奏でるサルサやメレンゲ、かと思えば今度はおしゃれなヒップホップへと音は自在に変化し、そこにジャズやエレクトロニカ、ワールドビートといった味付けをすることで、彼らは他とは比較しようがない、分類などできない存在になっているからだ。
彼らの目的意識もまた、バンドの賞賛に値する要素のひとつ。意識的な行動主義者であるという評判通り、彼らは様々な運動をアシストするために時間や努力を割いている。ムミア・アブ・ジャマールの冤罪による投獄に反対し、また、農夫や女囚の権利主張のために、オゾマトリは集会や彼ら自身のウェブサイト、はたまた政治色の濃い歌詞の中などで訴えつづけているのだ。
彼らのライブ・パフォーマンスはもうなんだか叫んでしまうほどに大したものだ。バンド名はアステカの踊りの神様から取っただけあり、オゾマトリのコンサートとは激しく精力的に、汗にまみれながら、「動」の神様を崇める儀式のようなのだ。7人のメンバーが作り出すエネルギーは人々に伝染し、体も精神も揺さぶられない人はいない。ステージ上だけでは収まらず、オーディエンスと一緒になったり、あるいは後方から、あるいは駐車場で、とあらゆる方向からオゾマトリは迫ってくる。そんなパフォーマンスがアメリカのみならず、ヨーロッパ、メキシコ、オーストラリア、そしてもちろん日本で人気を勝ち取ってきたのだ。
東京と大阪での単独来日公演が3月に迫っているのだから、我々も彼らに少しでも話を聞くのが筋ってもんだろうと考えた。ヨーロッパ・ツアーの終盤、テナーサックスのユリシーズ・ベラをオランダでつかまえた。
「僕らの音楽は“ピープルズ・ミュージック”なんだ」、彼ら自身の音楽をどう表すかという質問に対し、ベラはこう答えた。「“ルーツ・ミュージック”、“多国籍ミュージック”などと形容する人たちもいるけど、自分らに一番しっくり来るのはやはり“ピープルズ・ミュージック”だよ。」確かにそうだ。バンドのメンバーがそれぞれアフリカ、ラテン、アジアからの血を引いていて、彼らの音楽はワールド・パーティそのものだからだ。この多民族による音楽へのアプローチは、ロス・ロボス、デ・ラ・ソウル、コモン、そしてかの有名なカルロス・サンタナ等のミュージシャンと共演する機会を与え、かつ彼らにグラミー賞ノミネートという快挙までもたらした。「サンタナとはまた一緒にプレイしたいよ。強烈な経験だったからね。」
サンタナから絶賛されたにも関わらず、まだ曲を共作するまでには至っていない。
曲の制作について尋ねると、ベラはそれはチームワークだと答えた。「『僕らの曲』は全員で作り上げていくんだ。ひとりがたくさんのアイデアを持ち込むこともあるけど、曲作りはみんなでやる。」彼らの音楽の土台はチームワーク、そして友情。ベーシストであり、バンドの創設者でもあるウィル・ドッグは、ウェブサイトで「グループで結婚してるみたいなもんだ」と語っている。ライブでプレイしている彼らを見ていると、メンバー間で発せられる暖かさを感じることができ、決してそれは政略結婚ではないとわかる。音楽のために、運動のために、そしてもちろん楽しむために働く、兄弟なのだ。
「そうだね、家族みたいだね」、バンドの原動力をベラはこう表した。「一緒に楽し
み、喧嘩もする。」 オゾマトリという一団は言うなれば“核家族”だ、でも同時に
各々がバンドから離れた活動をすることでグループがますます成長している、とベラ
は言った。「他のバンドにお邪魔したり、家族と過ごしたり、そういうことが自分た
ちを常にフレッシュに保つんだね。」
セカンド・アルバム後、現ジュラシック5のカット・ケミストとチャリ・ツナが抜け
たことに関しては、「彼らはいつだって僕らのバンドの一部さ」とベラはきっぱり。
確かにカットはDJスピノビと並んで「エンブレイス・ザ・カオス」でプレイしてい
る。
絶えず続くツアーのせいで、スタジオに入ったり、デモ行進に加わったりという時間がなかなか取れないらしい。しかしそれは決して彼らがただ遊んでいるという意味ではない。サーキットをしながら新しい素材を作ったり、サイドプロジェクト的に古いナンバーを編集し直したりしている。ウェブサイトは定期的に更新されているし、彼らがサポートしている様々な運動に関する情報を載せているセクションなどは、素晴らしいものがある。最近の集会や慈善興業については、ベラはL.A.のある人物に関する話を挙げた。
「僕らの友人の家が火事で焼け落ちてしまったので、少しでも助けになればと彼のためにプレイした。近所付き合いってやつだよ」
ラテン・ロッカーズのふるさとは今でもL.A.ってこと?「そりゃそうさ」とベラ。また日本でプレイしたいと思っている?「もちろん!日本ではとても楽しい時間を過ごしたからね。観客は最高だしね。」
ホーンとドラムと声と韻を引っさげ、惑星一のライブバンドがやってくる。この機会
を見逃すな。雰囲気を味わえるのは、東京と大阪で今年一回ずつ。
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interviewed by jinki, translated by kaori and photos by hanasan
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