Glastonbury Festival of Contemporary Performing Arts @ Worthy Farm, Pilton, Somerset (22nd - 24th Jun. '07)
Overall Review Vol.7 - Part 2 -
私は会場内をゆっくりと散歩しながら、そんな思い思いの時間の過ごし方をする人達を観察するのが非常に楽しかった。「ここまで来てこんなことをするなんてバカだなぁ!」と思いつつも、その労力に感心してしまうような、"愛すべきバカ"ばかりなのだ。例えば、3メートルほどある巨大オブジェをすっぽり被って自転車を漕いでいた二人組がいた。隣を併走する"BGM担当自転車"に積まれたラジカセから大音量で流れていたのは、なぜかバトルズの音楽。バトルズ特有の不協和な旋律と変則リズムにのって2体のオブジェが近づいてくる様は、どこか深夜番組的なバカらしさとシュールさがあった。なんだってグラストでこんなことをやろうと思いついたのだろう? 坂道を登るのはさすがにきつかったらしく、よろよろ運転になっている姿には思わず笑ってしまった。そして、今年のフジロックのいたるところで目撃されていた原始人集団だが、実はグラストでも私は遭遇していた。同一人物だったのかは定かではないが、時折出店にちょっかいを出しながら泥沼と化したグラストの会場内をひたすら岩を転がして歩くその姿は、”愛すべきバカ”以外の何者でもない。私はというと、面白がって着いていったら、途中で不意に抱きつかれて服が泥だらけになってしまった。
他にも水上ボートならぬ泥上ボートを楽しんでいた者や、どこを目指していたのか、巨大な十字架を背負って歩いていた者など、ここには書ききれないほどおかしな人達を沢山見かけた。全ての人に共通していたことは、グラストでの時間を存分に楽しんでいる事が存分に伝わるいい笑顔をしていたことだ。そう、グラストにいる人たちは皆、いい顔をしていた。人間らしい顔をしていた。それは日本の満員電車で見かける顔とは対照的な表情だった。満員電車はつりあがった眼や疲れきった顔で溢れている。そんな表情を見ると私は、当人にとっては余計なお世話だろうが、「この人たちは何を楽しみに生きているのだろう?」と胸が痛くなるのだ。全ての人が毎日グラストのような生活を送って欲しいと思っているわけではない。ただ、人間誰しもこういう表情ができる時間が必要だと思ったのだ。
そうやって人間観察をしながらもずっと考えていたことがある。初めてプロムスやグラストの映像を見た時から私の頭の中でずっと渦巻いている疑問、日本との違い。日本におけるフェスティバル文化はまだまだ「ブーム」に過ぎないだろう。イギリスでは開催まで1ヶ月をきるとメディアの話題がグラストで持ちきりになり、ゲートがオープンすれば新聞の一面を飾る。今回一緒に行ったスタッフの話では、グラスト前に長靴を購入しようと思ったものの、街中のショッピングセンターから長靴が消えており、手に入れるのに一苦労だったようだ。更に面白かったのが、私がヒースロー空港に到着した時の話だ。入国審査でお決まりの「何をしに来た?」という質問に対し、「グラストンバリーへ行く」と答えたら、「泥だらけよ! もしかしてグラストンバリーへ行くためだけにイギリスへ来たの? クレイジーだわ!!」と笑われた。更には、どのアーティストのライブを観るが楽しみなのか、何回目か、何人で行くのか、キャンプは慣れているのか……などと、5分ほど質問攻撃を受けた。こんなやりとりが日本の入国審査で考えられようか。一体何が違うというのだろう? イギリスのようなフェスティバル文化を育むために、日本にはどんなサービスが足りないというのだろう?
キッズ・フィールドで遊ぶ子ども達をぼんやり眺めながら、私はハタと気づいた。イギリスのようなフェスティバル文化を育むには特別なサービスが必要、というその考え自体が非常に日本的な発想だったのだ。高価なおままごとセットなど与えなくとも葉っぱと木の実だけで何時間も遊べるように、子どもは与えられた環境の中で発想力や創造力を働かせて遊ぶことができるものなのだ。「こんな泥だらけのところに幼い子どもをつれてきて……」というのは大人の発想であって、当の子ども自身は泥だらけになろうとその状況を楽しんでいるのだ。グラストで「おうちへ帰りたい」と駄々をこねて泣いている子どもを見た記憶がない。与えられた環境の中で存分に楽しむという人間の基本的な能力が、イギリス人には大人になってもそのまま残っているのだろうと思った。先に紹介した”愛すべきバカ”達だってそうだ。彼らは皆、与えられるサービスを楽しむのではなく、自ら娯楽を創り出していたのだ。
私を含め、日本人は与えられえることに慣れすぎてしまった。もちろん、よりよい環境を与えられることを求める心が、ゴミの少ない日本のフェスティバルを作り上げている事もまた事実なので、一概にそれが悪いとは言わない。グラストが抱えるゴミ問題・トイレ問題は深刻だった。ただ、今年もフジロックに参加し、環境はほぼ完璧といえるほどに整っているのを見て思ったのだ。これからは、「私達自身がいかに楽しむか」、そういった方向に発想を変えていかないことには、日本のフェスティバル文化は発展しないのではないだろうか。一方で、昆虫網と虫かごを携えてひたすら獲物が来るのを待っていた少年や、"世界で最も有名なネズミ"の格好(これがまた子どもの夢を壊すような邪悪な表情で実に笑えた)で川遊びをしていたコスプレ常連のお客さんなど、フジロックでも自ら娯楽を創り出すお客さんを沢山見かけた。日本のフェスティバル文化もまだまだ捨てたものではない。
最後に余談となるが、何度もグラストを体験している知人にいわせても、ここ数年で最もひどい天気だったというほど雨続きだった今年のグラスト。粘着質のグラストの土は水を含むとそれはもうひどい代物になる。料理の世界では生クリームを泡立てる際の目安として「角が立つまで」という表現が用いられるけれど、まさにそんな状態。歩く度に泥がしぶとく足にへばりつき、泥の角が出来上がる。まるで誰かに足を引っ張られているかのようで、歩くだけで体力を消耗した。服も泥だらけになった。また、誤って携帯を水没ならぬ泥没させてしまい、会期中全く使えなくなった。更には、いくらお腹がへっていても店の傍まで行くと首を横に振りながら無言で戻ってしまうほど驚異的マズさを誇るグラストのご飯の中で、唯一美味しそうに見えたチキンを友人達と割り勘で買ったのだが、買って5秒後に泥の中に落としてしまった。挙句の果て、フィット性の高い長靴を履くのに手こずり、泥の中で見事にすっ転んで爪を割ってしまった。
こうやって文章で振り返ると踏んだり蹴ったりなのだが、不思議と過酷だったという想いはまったくない。ただただ、楽しくて仕方なかった。そんな自身の環境適応能力の高さには我ながら感心するばかりだが、さすがに5日間一度も着替えなかったのはやりすぎだったようだ……。爽やかお嬢キャラだったはず(と自分では思っている)が、すっかり汚れキャラ扱い。しかもその話題は帰国後、他のスタッフまで一気に広がり、もはやどうにも払拭しようがない。口では「次回は1日5回着替えてみせるわ!」と苦し紛れに反論してみるものの、カメラマンが撮影した泥中レスリング写真を見て「捨ててもいい服持ってくべきだった……」と本気で後悔したというのが実際のところ。「またグラスト行けるなら汚いキャラ扱いも上等!」と腹を括る私なのだ。
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report by philine and photos by yusuke
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