リンクする音楽とマインド--Part1--

 2002年5月23日の昼下がり、御堂筋に面したカフェで、ぼくはある人物と会っていた。長髪はまだ乾ききってはおらず、シャワーを浴びたばかりの体からは仄かにオーデコロンの香が漂う。ラジオの人気DJやクラブのオーナーと言っても通りそうな、少し業界の匂いを感じさせる人物だった。

 そのカフェはよく外国人が利用する。ぼくたちはオープンテラスに座り、コーヒーを注文した。ビルの隙間の青空から降り注ぐ、穏やかな陽光と爽やかな風が、彼の充血した目には少々きつく染みわたるらしい。彼とは前の晩遅くに電話で話をしていた。どうやらその後も、深夜までいろいろと忙しくしていたようだった。コーヒーの苦さが心地よかった。

 「昨日あの後、kevensと電話で話ました。あなたと連絡が取れたと伝えたら喜んでましたよ。是非会うようにと言われました」 そう長髪のマネージャー氏が教えてくれた。彼はギグのブッキングのために来日して、ハードなスケジュールをこなしていた。

kevens  きっかけは、さらに二ヶ月ほど前にさかのぼる。ぼくのもとに偶然届いたEメールからだった。

I would like to submit material to the Fujirock festival.Can I have an address & name to send my promo pack to?.As time permits,check me out<http://www.kevens.com>. Much respect

Kevens

 kevensという名前はまるで知らなかったが、たぶんぼくを関係者だと間違えて送ってきたのだろう。それならフジロック・フェスティヴァルを主催しているSMASHという会社に送ればいい、と連絡先を書いて返信した。すると翌日には、「返事をありがとう。いずれにしても8月には日本に行くつもりだから、連絡を待っていてほしい。教えてもらったアドレスに資料を送ってみるよ、ありがとう」という返事が返ってきた。

 思わず、アーティスト本人がメールしているのかどうかと疑ってしまった。担当のスタッフが本人になり代わって、というのもよくある話だ。でももし本人なら、かなり気さくな性格らしい。彼のサイトを訪れてみた。まるでウィリアム・ギブソンの電脳空間をモチーフにしたような領域に、多角形の疑似生命体が漂っている。背景に流れているのは、フューチャー・ジャズ系のブレイクビーツ。

 英語のバイオグラフィを拾うと、リッチー・マーリー・ブッカー(ボブ・マーリーの異母兄弟)とともに、Le Coupというグループにリード・シンガーとして在籍していたこと、インターナショナルなキャリアを主にDJとしてスタートさせ、ダブやスカ、プログレッシヴ・レゲエをミックスするスタイルであること、現在はバンドとしてマイアミを中心に多くのビッグ・レイヴに出演していること、が窺える。


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