|
目を閉じて心に浮かび上がるは毛利さん、もとい、壮大な宇宙。深遠な空間を喚起させる音楽と物語る言葉。賑わい続ける21世紀のUKロック・シーンに新しい風を吹き込み続けるイングランド北部の街リーズから、また良質なバンドの登場である。その名はアイ・ライク・トレインズ。メジャー街道ひた走るカイザー・チーフスから、フォーワード・ロシア、デュエルズ、アンド・エト・アールなどなど、レヴェルが高く強い個性を持つミュージシャン発信の地としてのマンチェスター同様、音楽の宝箱みたいな都市であり、彼らアイ・ライク・トレインズも今まさにその産声を上げたところだ。バンド、バンドと言っても、これだけ選択肢が広い今日では、似たり寄ったりな量産便乗グループにはやがて淘汰されてしまう厳しい現実が待っているが、彼らの音楽には今のシーンで他になかなか類を見ない表現の世界がある。音楽と映像を媒体にした、バンドというか、前衛集団と形容しても良いのではないだろうか。
このデビュー作、"プログレス・リフォーム"は、コンセプトに基づいた7つの楽曲から成るミニ・アルバムで、天高く突き抜ける高音と渦を巻いてのしかかってくるような鬱蒼とした混沌を併せ持ったギター、重鎮なベース・ライン、そして、どこか諦めに近い陰りを反映させた抑揚がなく低い声が、謎めいた響きを伴い旋律をなぞる、意味深長な歌詞を朗読するかの如きボーカル。南大陸、テラ・アウストラリス(現在のオーストラリア)を発見した18世紀の英国人探検家、ジェームズ・クックの最後の日々について書かれたという"テラ・ノヴァ"、「探検自体が素晴らしき栄誉でも、発見した場所が保護されし偉大なる地でも、それらのどれも私自身のものではなかった」、とクック隊長がまるで述懐しているかのような視点、チェスの世界王者、ボビィ・フィッシャーをモデルにした"ア・ロック・ハウス・フォー・ボビィ"、元英国国鉄総裁リチャード・ビーチングにより、鉄道合理化案として発表された「ビーチングの削減」という報告書に発想を得て歌われている"ビーチング・リポート"。そこで放たれる、誰も知らない、或いは見過ごされている人間の陰なる思い、絶望を浮き彫りにした言葉の数々は、僕がどうしただの、君がああしただのといった月並みなモノローグには決して感じる事のない、事実を見据えながらも、あくまで第三者としての目線から自らの空想の世界へと昇華させ紡がれる、観察力と感性に根を下ろした、けれども決して難解ではない表現で、深い音楽と共に新たな物語を作り上げている。
時に荘厳で、畏れすらも感じる音楽風景は、本当の出来事に本物の幻想を吹き込み生まれたワンダー・ワールド。虚実越境へと誘う切符に予約はいらない。その手でこのアルバムを再生させれば、すぐさま心に車窓は映し出される。
reviewed by kaori
|
|
|