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テレビの映像や歴史として知ってはいても、現物を目の前にしたときのインパクトはとてつもなく大きかった。それがベルリンの壁だ。すでにバンダ・バソッティのレポートで記しているように、生まれて初めてこの街を訪ねているんだが、あほうな人間が「狂気の沙汰」を現実のものとしたあの壁の衝撃のせいなんだろう。かつてその壁があったところに目安を付けてぷらぷらと歩きながら、89年11月9日にニュースの映像で目にした、東西ベルリンの真ん中にあったブランデンブルグ門まで行ってみたのがそのライヴの翌日。歓喜の人並みに溢れたあの映像を見たとき、そして、東側からなだれ込んできた人が「なにをしたい?」という問いかけに、「ロックンロールを楽しみたい」と応えていたのを思い出していた。同時に、今、イスラエルがパレスチナに、同じような「狂気の壁」を建設中で、またも同じような愚行が繰り返されている事実を思い出して、嫌な気分にもなったものだ。
そのインパクトのせいなんだろう。あのあと、ロンドンに飛んで買ってしまったのがこのDVD、"The Wall Live in Berlin"。おそらく、みなさんご存じだと思うが、ピンク・フロイドの名作、"ザ・ウォール"の中心となったロジャー・ウォータースが、アラン・パーカー監督と作った映画"The Wall"を、再び現実に引き戻すかのように実現した傑作ライヴがこの作品だ。
このオリジナルが発表された15年ほど前にも、ビデオで入手していたし、「よくもこんなライヴを実現できたものだ」と、あの時も思っていた。だから、どこかでなにを今更... と思う気持ちがないでもないんだが、やはり実物の「ベルリンの壁」を体験したあとだけに、再びこの映像を見るととてつもない感動に襲われるのだ。なにせ、ロジャー・ウォータースを中心に、ここに集まっているミュージシャンの顔触れがすごい。ヴァン・モリソン、ジョニ・ミッチェル、ザ・バンドの3人からシンディ・ローパー、シネード・オコナー、ポール・キャラック、ブライアン・アダムス、トーマス・ドルビー、マリアンヌ・フェイスフル、ウテ・レンパー... そういった顔ぶれに加えて、幅が300メートルもあったというステージにバイクからリムジン、救急車が走り抜け、ヘリコプター(これが、本当のライヴだったかどうかは疑問だけど)も登場している。さらには、このDVDに収録されているドキュメンタリーで知ることになったのだが、旧ソヴィエト軍の軍楽隊から、フル・オーケストラ、全体主義国家の兵士役をした無数の人々から、この大仕掛けな芝居に加わったといってもいいだろう、30万人のオーディエンス... 彼らが演奏している最中に背後に巨大な壁が作り上げられ、映画に登場したアニメーションから実際の「ベルリンの壁」に描かれていた落書きアートにさまざまなイメージが映し出される。加えて、アニメーションを形にしたようなバルーンによる巨大なオブジェも顔を見せて、ロック・オペラからミュージカル、ハリウッド映画も真っ青なショーをライヴでやってのけているのだ。桁違いのスケールで「伝説」を」作ったのがこのライヴだった。
歴史をさかのぼれば、ウッドストックもあっただろうし、ワイト島のフェスティヴァルという伝説もある。最近では、フェスティヴァル・エキスプレスやモンタレー・ポップ・フェスティヴァルもDVDで入手可能だ。それに、実際に、フジ・ロックといったフェスティヴァルやサマー・ソニックといった大規模なライヴが日本でも開催されるようになっているんだが、このザ・ウォール・ライヴは単純にバンドやアーティストを集めて開いたという代物ではない。数多くのミュージシャンやアーティストがたった1回のショーのために結集し、おそらくは、「ベルリンの壁」が崩壊した、あるいは、崩壊させて、東西の冷戦構造を終わらせる時代に突入するという時に、どこかで祝福の意味をも込めた一大イヴェントを一緒に創造してしまったわけだ。
だからこそ、普通じゃぁ、こんなこと、ありえないだろうといった光景がここに記録されているのだ。例えば、ひょっとしてオーディエンスに向けて、スクリーンかなにかがあったんだろうとは想像するが、ステージに作られた巨大な壁の裏で歌っているのがポール・キャラックやヴァン・モリソン。彼らの目の前に広がっているのは、ただの壁。オーディエンスも見えやしない。そこで彼らが歌っているのだ。トーマス・ドルビーのメイクも漫画そのもの。しかも、彼なんぞ、宙ぶらりんで演じているシーンもあるのだ。その彼が学校の先生のキャラクターを演じ、シンディ・ローパーは生徒のイメージを演じている。「先生、俺たちをほっといてくれ!」という歌詞が、この出で立ちではっきりと伝わってくる。そして、マリアンヌ・フェイスフルも、ウテ・レンパーも役者達も、まるで漫画のようなコスチュームに身を包んで、それぞれがそれぞれの役割を演じることで、壮大な「何ものか」が作り出されていくのだ。
しかも、それがあの音楽と絡まって、見ている側が画面に釘付けになってしまうのだ。1時間50分近くのショーだというのに、まるで時間を感じさせない。そして、クライマックスだ。積み上げられた壁が崩れ去る、あの瞬間。オーディエンスの歓声がピークを迎える。これがなにを意味するかは明かだろう。あれは、「ベルリンの壁」が崩れ去り、「鉄のカーテン」が溶け始めたことに対する祝福であり、同時に、それを成し遂げた、無数の個人への賞賛の声でもあるんだろう。それをバックにフィナーレとして、全アクトが勢揃いして歌のが「The Tide is Turning」。大まかな意味をいえば、「流れが変わり始めた」という歌なのだ。この時、おそらく、誰もがバラ色の未来を垣間見ることができたのではなかったろうか。ここに収録されていたインタヴューによると、ソヴィエト連邦の軍楽隊だったメンバー達も、涙を流していたという逸話も残されているし、会場にいた人たち、テレビでこの放送を見ていた人たちも、同じように涙を流していたに違いない。それは、15年以上過ぎた今、これを見つめている自分も同じだった。歌の言葉のひとつひとつが頭のなかに突き刺さるように伝わってくるのだ。
単純に壮大なショーだから... というだけではなく、わずかながらでも、人間がそんな未来を現実のものと受け取ることができた、その瞬間があったことを確認するためにも、これを見て、感じてもらいたいと思う。残念ながら、知性のかけらもない権力者どものせいで、バラ色の未来は木っ端みじんにされてしまったのも事実だが、また、同じことが繰り返されるはずだ。ちょうどジミー・クリフが歌っていたように「Harder They Come, Harder They Fall」。こっぴどい仕打ちをすればするほど、とんでもないしっぺ返しを食らう。それが世の道理であり、必ずそれが繰り返されるはずだ。
reviewed by hanasan
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