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しょっぱなから何だが、音楽誌では語られないだろうことから。
10/6に発売された奥田民生のNEWアルバム『LION』は発売1週間程前にCCCD(コピーコントロールCD/少し形態を変えてレーベルゲートCDと呼ぶ場合もある)を回避された、異例の作品である。ご存じの方が多いと思うが、CCCDとは、すごく簡単に言うと、いわゆるパソコンなどでの不正コピーを防ぐため、著作権保護をビジネスとしている企業が独自に開発した技術等を使って、リスナーが再生できるハードを制限するという、アレである。(詳しくはこちらなどを参照)現在メーカー各社徐々に撤退の意向を見せているようだが、奥田民生という有名なミュージシャンが、自身の新譜の発売日、その土壇場で、こういった態度を見せてくれたことは、特筆すべきことであると思うし、拍手を贈りたいと思う。これから先、この影響力は様々なところで反映されていくことだろう。(聞くところによると民生所属のメーカーはこの作品以降、順次CCCDから撤退の予定とのこと)
例えば忌野清志郎などは、世界で起こっている大きなことから小さなことまで、歌や言葉ではっきりとメッセージとしてリアルタイムで世間に伝えていこうと、態度で示す。一方で奥田民生は、例えばこの件に関しても、前々からメディアなどを使って大声で反対論を唱えてきたわけではない。しかし、こうして結果を出し、リスナーに内なる声を届けていく。そういった、普段のっそりとした感じでありながらも、音楽人として『やるときゃやったる』というスタンスは非常に彼らしいし、ファンやリスナーのことを念頭においた判断ゆえの、力強い態度であると感じる。こだわりを持って作ったものを、消費されるだけのものではなく、後世に残るものとして、大事に伝えていきたい、という気持ちの現れではないかと思う。
この人は信じられる。まあ、この件に関してだけではないが、そう思わせられるものがある。今回のアルバムはほんと、家でも車でも会社のパソコンでも土手にポータブルスピーカーを持ち込んで黄昏るのでも、紅葉見ながらバーベキューをするのでも、台風でやることなくてトイレで聴くのでも、i-podの3000曲の中の一部でも、もう、とにかく何でもいいのだが、様々なシチュエーションで、気の合う仲間から知らない人同士まで、みんなで楽しんで聴いてほしい!と吠えたくなるような、素晴らしいROCKアルバムである。規制のある形ではなく、従来の形として多くの人に聴く機会を与えてくれたことに、1リスナーとして「ほんとありがとう!」と感謝したくなるような作品だ。
10年一区切り。とよく言うが、今年奥田民生はソロ10周年。デビューは言わずと知れたUNICORNというバンド。私がどっぷりと音楽にはまることになった、きっかけのバンドである。
当時まだ地元の小さな書店では、ROCK雑誌の扱いといえばエロ本の隣にこっそりと置かれている程度のものでしかなく、その中で、さりげなく、しかし誰よりも早くGETするためには、時折部活をサボってでも駆け足で本屋へ通わねばならず、たまに先輩にバレて痛い目にあったものだ。ある日、初めて載った彼らの記事に惹かれ、1stアルバムを探すために駅5つ15店程レコード店を周りまくり、やっとその店に1枚しか入荷していなかったアナログ盤を手に入れて聴いた時の喜びは、今でも鮮明に覚えている。小さな所から大きな所まで、学校さぼって行ったライブ。親からせびった小遣いで武道館3days(5daysだったかな?)等にはもちろん通い、いらんグッズを買っては喜んでいた頃が懐かしい。たった7年でバンドは解散し、ヴォーカリスト奥田民生がソロとして活動を初めてから、もう10年。まったく、早いもんである。むろん想像だが、今回、私と同じような心持ちでこのアルバムを買った大人たちが、世の中にはたくさんいる気がして仕方がない。ある者はビールっ腹で。ある者は子育てしながら。ある者は今だ音楽バカで。それぞれの中の10年を経て、奥田民生の10年と向き合う。そしてその根っこが変わっていないことに、ニンマリとする。そんな時間を持たせてくれる、記念盤みたいなアルバムだ。
10周年とはいえ、情報誌から音楽誌までこれでもか!としつこい程にインタビューを受けているその宣伝的な側面とは逆に、NEWアルバム『LION』は、いたってシンプルな作品である。全体の印象は決して派手ではないし、聴く人によっては、もしかしたら地味だと感じる人もいるかもしれない。ギュンギュンのかっこいいギターは入っているが、TVCMで使われて売れそうな曲は、たぶん、ない。しかし信頼できる演奏家とスタッフと奥田民生だけで鳴らせる厳選された音を、ギュギュッと絞りこんだ、天然100%ジュース(酒で割っても最高!)みたいな12曲であり、素材がいいから絞ってもうまい汁がでるというか、そんじゃそこらの若手バンドでは鳴らせないだろう、貫禄の音の集合体であることに、間違いはない。
「核となる部分が明確になっていってる(から余計なものがどんどんなくなっていってる)」とどこかのインタビューで言っていたが、正に作っている方としてはそんな感じなのだろう。だから、聴く側としても残音がクリアで、余分な油みたいなものが感じられない。後味スッキリ。でも体には知らぬ間にズッシリどかんと響いている。全曲通して聴いてみて、お風呂入ってまた聴いて、と繰り返していくと、また違う発見がある。言葉も音もそうだ。きっと、たくさんやりたいこともあるし、演れちゃう技も持ってるけど、自ずとシンプルになってしまったのだろう。その姿は、彼が敬愛するビートルズの音楽が、今でも多くの人に愛され続けているのと、ちょっと似てる気がする。自分の子供が大きくなった頃にこそ、自慢げに聴かせられる作品。「父ちゃん(母ちゃん)の愛聴盤はこれだ」と鼻膨らませて威張れる作品。もしくは、子供が音楽に興味を持ち始め、勝手に親のCDラックをあさってるうちに、たまたま見つけて聴いてみたら、「よくわかんないけどこのおっさん、なんか凄い!」と衝撃を受けちゃうような、そんな、作品なのである。
「行け行けもっと行け あさはかな一生 かきわけてもっと行け すばらしき一生 行く先は いっこだけ」およそ彼に似合わない言葉である『青春』と名付けられたこの曲が、アルバムの最後を飾るのもまた、考えてなさそうで考えてる奥田民生ならではの締めくくりであると思う。「イメージとしての青春、自分の青春を書いたんじゃない」と言っていたが、常にTシャツ+ズボンにスニーカーという出で立ちの、見かけは既におっさんだが職人気質バリバリの39歳は、今だ自分の見つけた音楽という世界の中で、39歳の青春を送っている。実際、おもしろいから演る。おもしろいから続ける。おもしろいように音楽にはまだまだ新しい発見があるのさ。という囁きが、耳元で聞こえてくるような楽曲ばかりである。シングル"何と言う""サウンド・オブ・ミュージック""スカイウォーカー"などもいいが、"アーリーサマー""歯""コアラの街"などの、ある意味せんべいが似合う渋みのきいた曲ほどグッときてしまうのは、そこに奥田民生なりの『新しい発見』から生まれた、メロディと詞があるからではないだろうか。
そしてこのアルバムを聴いて少しでも胸がキュンッとなった人は、何はさておき、行かねばならぬ場所がある。10月30日。広島市民球場。ギター片手に奥田民生ただ1人で、地元・広島の憧れの地で、奥田民生の10年を歌う。これは見逃すわけにはいかない。と、いうことで、レポ@ひとり股旅スペシャルへと続く。みなさん、少しぐらい無理してでも、絶対見る価値あります。ぜひ会場で!
reviewed by oyumi
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