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横浜は野毛町(桜木町が最寄りの駅だな)、野毛小路に、ロック・ファンだったら知っていてほしい黒人のヴァイオリン奏者、パパ・ジョン・クリーチに名前をいただいた『パパ・ジョン』というとんでもなく面白い飲み屋がある。かつて横浜で仕事をしていた時代に、仕事終わりに必ずと言っていいほど顔を出していたのがこの店だ。
ジャズと演歌... と、橙色の看板にはそう書かれていて、基本的にはその通り、ジャズを中心に、パパ・ジョンが命とするほど溺愛する美空ひばりや都はるみなんぞが流れることがある。といっても、そんなジャンルにとらわれることなく、気分が乗ってくると、「すげぇ、なんじゃぁ、これはぁ!?」といった名演奏や珍曲、奇曲、名曲をこれでもかと聴かせてくれることもある。実は、まるで横浜の音楽史がそのまんま人間になったようなパパ・ジョンは、俺たちにとっては桜木町の主とも呼べるのだが、毎晩だじゃれをとばして客を喜ばせてくれるファンキーな爺でもある。はっきり言いますけど、つまらんライヴやコンサートに行くなら、ここで酒を飲みなさい。音楽ってぇのはこんなにも奥の深いものだったのかぁ、そして、楽しく、悲しく、嬉しいものだったのかということをいやというほど思い知らせてくれるから。
で、この店に毎週のように通って、音楽を楽しんでいた時期、よくやったのが、パパ・ジョンがジャケットを見せないでレコードを流して、「これ、わかる?誰だと思う?」って、まぁ、子供の遊びのようなじゃれ合いだった。なにせ、この尊敬する親父と趣味がピッタシカンカンで、お客さんが少なくなったりするとこうやって、いろいろな話を聞かせてくれていたわけです。
そんななかの1枚がこれだった。例によって例のごとく、「これ、誰だかわかる?」ときたんだが、正直、全然わかりませんでした。だって、このアルバムが録音されたのは69年4月。かなりの親父になった自分でもこのときはまだ13歳。いとこが聴いていた橋幸夫やクレイジー・キャッツあたりは知っていたけど、ロックなんて聴いたことがなかったから。もちろん、グループ・サウンズは知っていたし、タイガースやスパイダース、ブルー・コメッツにワイルド・ワンズ、ジャガーズにテンプターズやダイナマイツあたりはテレビで見てたけど、このアルバムとその流れが全く結びつかなかったのね。
だって、これ、一般的にはグループ・サウンズの脈絡のなかにでてくるバンドなんだけど、音が... 全然グループ・サウンズじゃないのよ。やたらロックなのさ。しかも、このライヴ、日本語が全然でてこない。だから、パパ・ジョンがこれを流したとき、イギリスかアメリカのブルースやR&B指向の結構有名なロック・バンドだと思った次第。いやぁ、浅はかでした。
なんつうか、あの時代、そろそろニュー・ロックって言葉が生まれていて、ブルースをベースにしたロックやBSTやシカゴあたりのブラス・ロックとかサンタナのラテン・ロックとかうごめき始めていた時代。そういったものにいち早くとりつかれていったカップスが、その、かなり本格的なロック色を全面に出して録音したのがこのライヴなのよ。というか、本当は、ずっとそういった想いがあったんだろうけど、歌謡曲的な世界とロックな世界のぎりぎりのところで綱渡り的に彼らが活動していたんじゃないだろうかと察することができる。
アルバムの初っぱなは巨匠、マディ・ウォータースの傑作、『Got My Mojo Workng』。しかも、なんかキャンド・ヒートあたり(知らなかったら、『ウッドストック』や『モンタレー・ポップ・フェスティヴァル』のDVDでも見てね。で、気に入ったらベスト・アルバムでも聴いてね)を思い起こさせるタッチで、そのままの流れでSkip Jamesの『I'm So Glad』(クリームのカバーが有名)に続いていく。でもって、なんと次の曲はサイモンとガーファンクルの名曲『59th Street Bridge Song』なんだけど、なんじゃぁ、このロックなアレンジのイントロは?しかも、歌い出したら、ブルーズっぽいというか... すごいヴァージョンだな、これ。ひょっとして、誰かがこんな感じでやっていたのかしら。それでも彼ら独自のアプローチか.... だったら、とんでもないぞ。
続くのはポール・バターフィールドブルース・バンドのナンバーで、ドノヴァンの曲をカバーして、THEM (ヴォーカルはもちろん、ヴァン・モリソン)の『Gloria』での10分以上のジャム・セッションというか、インプロの応酬になるんだけど、ぶっ飛びます。それから再びポール・バターフィールドブルース・バンドのナンバーでブルージィに迫って、アル・クーパーやマイク・ブルームフィールドの『フィルモア・イーストの奇蹟』や『Super Session』に収録されている、巨匠、カーティス・メイフィールドの曲につながります。いやぁ、もう、ヘヴィーよ。というか、ロックよ。
圧巻なのは最後のオリジナル『Zen Blues』。ライヴの会場が横浜のZENと言うところで、(絶対に、パパ・ジョンはここにいたはずだと思う)そのあたりからタイトルが生まれたんだろうけど、なんと、これは即興のジャム・セッションを録音したんだそうな。
ちなみに、このときのカップスのメンバーと言えば、めちゃくちゃ味のあるソウルフルでブルージーなハモンドを引いているのがミッキー吉野。(後の、ゴダイゴの人です)ギターはエディ藩。ベースはルイス加部といった感じなんだけど、最後のセッションでは、当時、パワー・ハウスというバンドをやっていた陳信輝に柳譲治が加わっている。まぁ、柳ジョージって、歌謡曲の人?って思っている人もいるだろうし、ゴダイゴにロックっぽさを感じていない人もいるだろうけど、『日本語でロックは歌えない』なんていっていた時代に、「これ、本当に日本人かぁ?」って感じでロックしていたのがこの流れのなかにいる人たち。その迫力は半端じゃありません。
おそらく、ゴールデン・カップスといえば、一般的には『長い髪の少女』や『いとしのジザベル』といったヒット曲で知られるグループ・サウンズのイメージしかないと思うけど、彼らのじっくりアルバムを聴いてみると、面白いよ。特に、このライヴは、おそらく、今の若い人たちにはとんでもなく新鮮な『ニューロック』を体験させてくれると思う。
加えて、この三ヶ月後に録音された渋谷公会堂でのライヴと聴き比べるとまた面白いかもしれない。この作品とは違って上述のヒット曲もやりながら、後半にはお得意のブルージーなロックに流れ込んでいるという綱渡りにびっくりさせられるのだ。わーきゃーなミーハーばかりのイメージをグループ・サウンズに重ねていたと思うんだけど、実は、どこかでみんなロックだったんだろうなぁと、いろいろなことを考えてしまった。
reviewed by hanasan
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