ビング・クロスビー
 

ビング・クロスビー・ストーリー〈2003edition〉』
 

 


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風俗チラシにみるビング・クロスビー


 帰宅し、いつものようにポストを覗く。するとあれだ、例のあれが入っている。「私に会いたい人はここに電話」などと書かれた紙切れ。そう、風俗店だとか出張ヘルスだとかのチラシである。男だからついそのチラシを見てしまうのだが、これが中々面白い。「あなたの願望かなえてあ・げ・る」「寂しいあなたに一目惚れ」などなど。そのキャッチコピーを誰が考えたのか知らないが、彼女たちは自分の魅力を必死にアピールしようとしている。自分が商品だということを自覚し、一人暮らしの男が望んでいる女性を“演じて”いるのである。

 これは中々難しい。自分の魅力を的確に把握し、伝えるためにはまず自分を客観視する必要があるし、それは通常自分にブレーキをかけるニュアンスが強い。だが彼女達は暴走しているように見える。チラシを見ていると、「こんな感じの言葉なら男寄ってくるんじゃない?」というなげやりな態度が透けて見えるし、単純に演技力が感じられないのだ。

 話をクロスビーに移そう。彼に関する記述を探してみると、何かと「女性が痺れる」だとかそういうものが目立つ。まあルックスも声も男前なわけだ。その彼がこう歌うわけですよ。「僕のダイナが心変わりしてしまうかもしれないから」「君の熱いディキシーの瞳を見つめるのが好き」などなど、「僕のダイナ」「君の熱いディキシーの瞳」だぜ? 先に記したが表現者にとって自己相対化の目は自分にブレーキをかけるニュアンスが強い。だがクロスビーは女性にたまらないセリフをこれでもかと歌う。もうノンブレーキなわけだ。アクセルアクセルなわけですよ。だがそこにはチラシの女性のようななげやりな感じは無い。それはクロスビーの演技力なのだと思う。

 この曲は一人身の寂しい女性、そして恋人の「私もこう思われたい」という意識に向けたものなのだ。1929年は大不況だった。だがそんな時代に女性達がクロスビーを買いにレコード店に押しかける心理も分らなくはない。クロスビーに愛される女性になりきって聴いてみるのも一興かもしれない。

 またクロスビーは役者の経験もある。彼が風俗チラシの彼女達と同じように、“演じて”いるのか、それとも等身大の自分なのか、を見極めながら聴くのも楽しいかもしれないし、ひょっとしたら、リスナーもいかにしてクロスビーに愛される女性を“演じながら聴けるのか”、がクロスビーを楽しむ一つの要素なのかもしれない。


reviewed by 田中喬史.
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