私は、この日、芸術を見た。
薄暗い、青い世界の中で。
浅井健一。彼はミュージシャンの域を越えて、
一つのアートを、この日作り上げた。
もともと私は、彼の音楽に、世界に、惚れ込んでいる。
もうどうしようもないくらい、彼の言葉を、感じまくっている。
blankey jet cityも、sherbetsも。
前者には一つの巨大なエネルギーをぶつけてくる、三人一体となった塊。
しかし、後者は、彼一人、ひっそりとたたずんでいる。そして静を中心とする
世界を、ぽつりぽつりともらしていく。
そこに、私たちがここにいる自然な理由が、うかびあがる。
それは、確かに、愛である。
すべてのものに対する愛する気持ち。
透き通った、ピュアな真髄。
だから、今回のライブもまったく違うものになるだろうと予想はしていた。
開演前、ステージ両サイドの壁をスクリーンにグラフィックアートの映像や、
民族のダンスを踊る少女が映し出され、BGMには裸足で踊るべき音楽、原始的な
音が
流れていた。
それが、心地よいトリップ感を誘う。
そして、開演。
「水上の月」が、その芸術の幕開けだった。
私は、すぐに気づいた。
目を閉じてもいいんだということに。
むしろ、その方が、この空気を受け止めることが出来ると思ったからだった。
目の中の暗闇から、想像の映像が流れる。
曲に合わせて、自分の世界と融合させながら。
体の全神経で震えた。
そして、「ハイ・スクール」 「アンドロイド・ルーシー」では、盛り上がるダイ
ブの
中で、わたしはずっと天井を見上げていた。
照明の具合で、天井のにつけられた器具が踊ってるように見え、ますます私の心
を
盛り上がらせたから。
これにいたっては、まったくの私の妄想。それが真剣に思えた時間。
「水」「バタフライ」「760」と、前作からも演奏された。
久しぶりに、じっくりと聞き、やはりこの人の心の奥に興味を持たずにはいられ
なかった。
人の脳は、頭のいい人でも結局ほんの少ししか使わないというけれど、
このひとは、きっと、心を脳のように使える人なんだと思う。
無意識の産物。
ラストは、感情のクライマックスになった「はくせいのミンク」「シベリア」
そして、題名は分からないが、新曲も演奏された。
上の2曲についてはきっと、説明は要らないものだと思っている。
涙によって変えられることもあるだろう。
これからも、彼の発する音楽をあいするだろう、と確信した1日だった。
こうして、言葉にすることには、真実に対して、限界があるが、
それでも伝えたいということに、心を任せて書いたということで
これを締めくくらせていただきたいと思います。
つたない文章かもしれませんが。
Reported by 吉田美由紀
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