エイモス・ギャレット @ 大阪フィフス・ストリート (27th May '07)
日本中を歌とギターでとろけさせたエイモス・ギャレット
5/27、吹田にあるコーヒーハウス、5th Streetでエイモス・ギャレットのコンサートを見た。ちょうど、5月12日に東京から始まった日本ツアーの、そろそろ終盤というところの公演で、大阪周辺のファンにすれば各地での絶賛の声を耳にしながら、やっと巡ってきた地元での公演となり、会場はほぼ満席。
観客はどの会場でもそうだと思うが、年齢層が高く、これまでベター・デイズやジェフ&マリア、ジェフ&エイモス、ダグ・サームとのもの、ソロとアルバムをしっかりと聴き込んできたファンばかり。そんな中でギターの今井忍、ベースの岡嶋文を従えて飄々とした風でエイモスはステージに現れた。皆の見守る中、赤のテレキャスを手に取り、軽く弦を弾いてみる。もうその音色を聴くだけで酔いそうになる。使用楽器はピックアップを改造したフェンダー・ジャパン製のテレキャスらしいのだが、実に柔らかでふくよかな響きである。
演奏されるのは、ルイ・ジョーダン、ジョニー・ハートマン、パーシィ・メイフィールド、ホーギー・カーマイケル、ジミー・ロジャース、T-Bone・ウォーカーといった人たちの、まさに40年代〜50年代のアメリカン・ルーツ・ミュージックである。それを複弦同時チョーキングとか複雑なコードワークなど、驚異的なベンド・テクニックをこなしつつ、全てのナンバーをエイモスは素晴しいボーカルで歌い継いでいく。空気がまるで熟成のすすんだウィスキーのようだった。そういえば、自身の口から、最初に音楽的な影響を受けたのはトロンボーン(ジャック・ティーガーデンというプレイヤーだそうだ)であり、バーを使わずにスライド感覚を披露する彼のプレイの特徴の一つが種明かしされたのも、ファンはうれしかっただろう。
見事なトータル・アルバムを聴いているような気分。特に印象に残ったのが、エイモスの「ブルースの巨人ったら、誰だい? BBキング? ロバート・ジョンソンかい? 彼もKing of The Blues。メル・トーメだ」というコメントで始まった1曲。メル・トーメといえばやっぱりジャズかなあ、と思うけれど、その曲さえもが、他の曲と並んでも全く違和感なくブルースの香りを放っていた。
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観客が目を皿のようにしてエイモスの手の動きに注視しているのが分かる。ただ、私が気がついたのは、この居心地の良さはギター・サウンドだけのものではないということだった。曲の統一感というのが見事で、一切の無理というものを感じることがない。熱烈なファンの反感を買うようなことをあえて書けば、超有名曲スリープウォークの1曲がなければ、より統一感は増したかもしれない。それだって、他の曲以上に歓声が湧いたことに、私が過剰に反応しているだけのことかもしれず、スリープウォークが全体の構成を大きく乱しているものでも決してなかった。
選曲の妙。メル・トーメも含め、先に挙げたエイモスのレパートリーとなったアーティストたちを50年代〜60年代に最初に掘り起こしをしたのがエイモスやジェフ・マルダーたちだったのかもしれない。ジェフもティーンエイジャーの頃からSPのコレクターだったはずだが、ボストンかウッドストックで出会ったあの二人が、ホーギー・カーマイケルあるいはヴィックス・ベイダーベッグといったソングライターたちの曲を楽しそうに選んでいるような光景がしきりと浮かんだ。そんな時というのはギタリスト的な感性で聴いていなかったのではないだろうか。やはり肝は「歌」なのである。
演奏で言えば、結果的にはテレキャスを弾く曲が多かった。これは、もしかしたら当初予定のアコースティック主体の構成を、あまりにもテレキャス演奏を熱望する日本のファンの多さもあって変更したのかもしれない。来日記念盤となった彼の最新作、もろズバリ「Acoustic Album」を聴いたら、これがものすごく良いのだ。会場でも彼の、比較的年代の新しそうなマーチンの音が素晴しかったので、私はもっとアコースティックで押してくれても全然不満はなかったと思うし、全曲それで通してくれてもOKだった。
ステージを走り回るわけではないにせよ、それでも追加公演を含め、全21という公演数は驚異的なものだ。僅かなオフを挟むだけで、ほとんどが移動を伴う連日のもので、5/12と6/3の東京公演は昼夜2公演という凄まじいもの。今どき、豪華ホテルのスイートルームを連泊し、VIP待遇のアーティストでも、こんなハードスケジュールでやらないだろう。エイモス・ギャレットというギタリスト / シンガーの知名度がいかほどのものかと考えれば、それはマニアックな領域を出ない。ところが、大半の公演がソールドアウトなのだ。キャンセル・チケットを求めてかけずり回っているファンさえいるそうだ。私が見たのは大阪と神戸の2公演だけだったが、その他の公演を見ずとも全ての会場で観客が最高の音楽とパフォーマンスに酔いしれ、幸せに包まれたであろうことが容易に想像できる。それほどに、エイモスは一切の手抜きや中だるみな演奏をしなかった。疲労も相当溜まっていたはずだが、ミスもなければ、ソロ・パートを省略することもない。全く、驚異的なプレイヤービリティだった。年齢は明らかにされていないが、まあ60代半ばといったところではないだろうか。
で、プロだから当たり前ということでは、これはない。真剣な日本のファンに対する、これは彼の真摯な姿勢なのである。
多少、ギターワークに多くの注目がいっているといことは抜きにしても、日本のファンほど熱烈に自分の音楽を愛してくれている人たちはいないと、そうエイモス自身も実感しているはずだ。そんなファンがどの会場でも満杯で自分を待っていてくれるのだ。驚きではないか。終演後、宝物のように大事そうに抱えたLPを差し出してサインをねだる奴らがいる。緊張してサンキューしか言わないけど、幸せそうなこのジャパニーズたちはなんて素敵なんだ! この人たちの前で気の抜けたプレイなんてできないのだ、と。そういう意味において、エイモスの日本ツアーは観客とプレイヤーの気持ちが通じたまさに理想的なものだったように思える。
そしてまた、こうしたプレイヤーの活動の場は本場であるアメリカではけっこう厳しくなっているはずだ。演奏するクラブやカフェが少なくなっているということは、よくミュージシャンの口からも耳にする。でも、エイモスのように地道に演奏活動を続けている人もいまなお多いのである。インターネットに活路を求める人もいるが、私がそうであったように、一度その演奏を目にしたら、次も行きたい、CDアルバムも欲しいと思うではないか。こんなクラブサーキットの活動はやはり尊い。古風なスタイルと思われようが、理想的な音楽のありかたを守り、伝えてくれるという意味でも、エイモス・ギャレットのツアーは多くのものを日本に残してくれるだろう。
最後になるが、共演者である今井忍さん、岡嶋文さん、そしてこの公演でピアノ、アコーディオンで客演された井山明典さんの素晴しい演奏にも改めて拍手を送りたい。とりわけ全公演でサポートをつとめる今井忍さん(アーリータイムスストリングバンド)、岡嶋文さん両氏の手堅い演奏は見事なものだったと思う。この二人が付き添っていることは、さぞやエイモスを安心してプレイに専念させていることだろう。優れた日本人プレイヤーとエイモスの交歓という、素敵なシーンに立ち会えたこと。これも幸せというものである。同じようなシーンが近年見かけることが増えてきたということもうれしい。岡嶋さんと井山さんは、モーガンズバーというバンドでも活動されているそうだ。
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report by 片山明 and photos by hanasan
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