buttonBlur @ Astoria, London (2003年5月8日)
 まず最初に観客の注意を奪ったのは、すっかり大人の男となった彼らの姿であった。以前よりも頬の肉が落ちてシャープな印象のデーモン・アルバーンは、スーツを粋に着こなしている。ニコチン中毒とおさらばしたアレックス・ジュイムスは、今や自らの健康に気を使う大人だ。デイブ・ロウンツリーのシャイな眼差しは、深い自信にあふれた閃光に取って替られている。そうか、もうそんなにもの月日が流れたのか。ブラー結成から14年、『パークライフ』から3年、最後のロンドン公演から3年。彼らはこの歳月の流れを、私達の代表としてスポットライトの下で披露している。

 続いて目に飛び込んできたのは、ステージを埋める人数の多さであった。発売されたばかりのニュー・アルバム『シンク・タンク』は、今までのブラー作品と同様、彼らの冒険心溢れる展望が美しくまとまった優秀作である。その音質をライブで再現するため、パーカッショニスト、キーボード奏者、三人のコーラスといった面々がかり出されている。その中で、一際もの静かに守備位置に着いた人物に目が止まった。グレアムは、本当にもういないんだ。現実を目の辺りにしてグレアムの脱退を再確認した観客の複雑な気持ちを察しているかのように、サイモン トングの所在は遠慮がちだ。

 デーモンの個人プロジェクトの成功もあって、円熟したブラーの行く先、または当代きってのギターリストを失ったブラーの存命には、様々な憶測が投げかけられていた。そんな事もあって、目の前に広がる見なれない光景には一瞬の怯みを覚えた。しかしそんな思いが続いたのは、最初の三分もあるかないかだった。『シンク・タンク』の一曲目でもある"Ambulance"で、ステージは幕を開けた。デーモンの深く感傷的な声が壮大に響き渡る中、赤いディスコ ライトが、目一杯に詰まった客席に溢れる真直ぐな視線を次々と照らし出す。曲が終了した時、デーモンはまるで勝者のように、その拳をゆっくり宙へとかざした。この動作が、今のブラーの全てを物語っていた。心配するようなことは、一つもない。少なくとも、デーモンはそう思っている。

 続いた"Moroccon Peoples Revolutionary Bowls Club"で、困惑から解き放たれた観客は、一気に人間花火と化した。すでに汗まみれになっている観客は、新しい曲にも熱心に反応している。「俺らを開放してくれるようなラブソングは、どこにあるんだ?」デーモンが落ち着いた声でそう言うと、"Out Of Time"が始まった。ブラーが戻ってきたのには、理由がある。体中の緊張を優しくほぐすこの新曲は、彼らの帰還を飾るのにもっとも相応しいものであろう。

 次に演奏された"Beetlebum"は、今夜のステージが現在形だけには止まらないことを約束した。続いて"Girls and Boys"のイントロが流れ始めた時に挙がった歓声の大きさといったら、今まで聴いたものの中でも最大級だ。客席だけでなくステ−ジ上までもが、まるでトランポリンが敷いてあるかように跳ね上がり、一階にあるはずのアストリアの床が揺れる。しかし同じく『パークライフ』からの曲"Badsong' は、観客に今までとはちょっと違った意味を持って共鳴したようだ。かつてはこの曲を熱狂的に合唱したティーンネイジャー達は、いまや成人と成り、この歌詞の意味を優雅に理解している。そしてバンドは、こういった反応を純粋に喜んでいるようだ。

「先週、アレックスが結婚したんだ」デーモンのこの言葉を聞いて、はにかむベーシストには観客からの歓呼が寄せられる。続いてグレアムがその結婚式に出席したという報告に、歓呼はどよめきへと変わった。グレアムのいなくなった現在、アレックスのベースは今まで以上に存在感を発揮している。これは『シンク・タンク』の音からも明らかだ。その隣ではデイブが、腕を十本持っているんじゃないかと思せるようなドラミングを見せる。特にステージでは、アレックスとデイブの息がぴったりと合い、デーモンを後ろからしっかりと支える信頼のおける相棒となっている。確かにブラーは、今だって変わらずブラーだ。しかし特にギターが主導権を取るような曲になると、ステージの左側に欠けている、なにか絶対的なものを無視するのは難しくなった。デーモンが客席に飛び込んだ『Song 2』アルバムではいまいちしっくりと聞こえなかったものの、ここでは点火剤のようなパワーをもって演奏された"Crazy Beat"、そしてデーモンが不器用にギターソロを務めた"Trimm Trabb"。元ヴァーブのサイモン・トングにとって、そろそろ判決の時間となった。しかし残念なことに、彼はグレアムの穴を埋めてはいない。彼は本来ならグレアムの立つべき場所に変わりに立って、決められたコードを繰り返しているだけだ。しかし、彼を責めるような趣向はここには無い。ここではみんな、友達である。それに今日は、デイブの誕生日だ。会場は、彼に向かってハッピーバースデーを合唱した。

 "Topman"を演奏した後、デーモンは「この曲はやるべきじゃなかったかも」と、観客のムードを下げてしまったことを懸念する。しかし、だからこそ優しい"Good Song"が始まった時に、観客は待ってましたとばかりに盛大に反応したのだ。この曲も、『シンク・タンク』からの他の多くの曲と同様に、モロッコの夕暮れ時に指す光のように観客の心をポっと照らす。ニューアルバムが発売されてから、今日でまだ四日目だ。しかしこの曲が直ぐに何千人もの人々の心に深く浸透することを確信しているブラーは、まるで一番のヒット曲を演奏しているかのような自信で、この曲を丁寧にそして壮大に演出する。しかし"Caravan"、"Brothers And Sisters"、"Gene By Gene"といった新曲では、バックバンドの慌ただしいアレンジが宛てなく聞こえることも少なく無かった。得にデイブの発電装置のようなドラムに執拗に覆いかぶさるパーカッションは、不必要だといえるだろう。

 "For Tommorow" が始まると、会場は90年代前半へとワープした。当時の少年少女にとって、明るい希望に満ちたブラーは、未来へと続く声だった。会場には否応無しに、ノスタルジックな空気が充満する。マイクが客席に向けられると、夢うつつの観客は歌詞を一言もとちること無く歌いかえす。言うまでも無く、客席と積極的にコミュニケーションもとるデーモンは、ステージを運ぶエンジンだ。主役として、また監督として2003年のブラーを演出している。そしてその方向性は、以前よりもエゴが薄れ、素直で心地がいい。グレアムの送別曲となった"Battery In your Leg"では、「You can be with me, If you want to be」という歌詞が少し痛く響く。今夜のデーモンは、この叙情詩をサイモンのギターをバックに歌い上げる。特に完成度の高かったこの曲は、今夜のステージのハイライトとなった。

 アンコ−ルに戻ってきたブラーは、"Popscene"、'We`ve Got A File On You"を演奏し、客席の狂喜爛漫はもちろん、デーモンも足を大きく広げてトレードマークのジャンプを見せた。今夜最後の曲は、'This Is A Low" だ。「これぐらいなら、大丈夫だろ?」というデーモンの言葉どうり、観客のテンションを落とすこと無く、この曲は解毒剤のように心を過っていく。

 年齢やキーメンバーの脱退という事情を背負っても、ブラーに流れる電光性の血が濁ることはないようだ。今夜集まった多くの人と一緒に育ってきたこのバンドは、これからも、みんなと一緒に未来を生きていく決意を固めているに違い無い。そしてその証明のように、近年のライブで好んで歌われていた"No Distant Left To Run"は、今夜のセットリストには入れられていなかった。

report by ナオコ


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