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午後10時、きっかり。全身に黒を纏った七人の魔術師(ウォーロック)が、ねぐらからこの東ロンドンの会場に出てきた。ギターを抱えたニ人が、音も無くステージの両脇から表れる。続いてスティックを持った二人が、ニ対のドラムキットの後ろに陣取る。それに加えて、ベースとキーボードがいる。揃って鳥の巣のように乱れた髪型をし、ドラッグ癖のある気難しいカリフォルニア人といった面持ちのこの六人は、既に多数のアンプやドラムキットで覆われたステージの隙間を埋め尽くす。そして最後に、わずかに残された空間に、この集団の指揮者らしきボビー ヘックシャーが、さらなるギターを抱えて表れた。彼がボーカルだということは、その一段と乱れた髪型からも推測できる。 ストロークスが、東海岸の神経質な気質の結果に生まれたのだとすると、極度の退屈さという地獄の中で欠伸をしているウォーロックスは、まさに西海岸の鏡像だろう。まるでこの世の全てにうんざりし、神秘的なものにだけ興奮を覚えるといった雰囲気だ。 そんなウォーロックスは、観客の凝視にも一瞬たりとて狼狽えない。蒸気機関車のように適度にアナログな調子のリフで 「Harricane Heart Attack 」が始まった。これは、ステッペン ウルフのドラッグ讃美曲「The Pusher 」 と、ヴァインズの 「 Mary Jane 」が、スピリチュアライズドの不健全さで統合されたような曲だ。ウォーロックスが、見た目だけでなく、音楽的にもジーザス&マリーチェインやスペースマン3、新しいところではダンディ ウォーホールズといったバンドのような、ドローン ロックに傾倒していることは明らかだ。 それに続いた 「The Things We Make 」での、三本のギターが作り出すサイケデリックで暗示的な音の壁は、高速に回転する現代の時計の針を止めた。 彼らのステージは、進行するに従って強力になるばかりだ。これは、ウォーロックスの底流に太く流れる、不吉なドラッグの存在のせいなのだろうか。三本のギターが純粋な音の大洋を着実に満潮させていくなか、二人のドラマーは、まるで陰鬱なブードュー魔術のようなリズムを刻む。そのどこかまん中で、目眩にぐらつき、混沌とした唸りのように響くボーカルは、ウォーロックスに官能的という要素を与えている。彼らのステージは、そのトリックがきいた音楽で、観客の心を彼らに対して開放させた。しかし、彼らがこちらに心を許す事は、二十分に渡って即興されながら演奏された 電光ブルース「Jams of the Witches 」で幕を閉じるまで、一瞬としてなかった。いや、そんなことは、きっと永遠に無いのであろう。 ウォーロックスは、長期間掛けて築き上げる類いの、腹を割ったような関係は望んでいない。彼らが得意とするのは、後腐れのない即時の快楽だ。処女性というものが完全に剥ぎ取られたこの快楽は、ロックンロールの絶壁に聳え立つ究極の ' 癒し系 ' である。ステージが空になっても、観客の多くは、長く会場に踏み止まっていた。だって会場の外に出てしまえば、時計はまた回転を速めるのだ。今は、彼らが早くまた、このおいしい調合薬をロンドンに届けてくれるのを、少しばかり恐れながら待つばかりである。 report by ナオコ |
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