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じつを言うと『OK Computer』の世界的な評価が、いまだに理解できないでいる。そして、こんなことを言うとファンの人に怒られそうだが(ごめんなさい)、それ以降の作品は、興味がないのもあって聴く機会がないままになってしまっている。そうこうしているうちに、バンドはあれよあれよというまにビッグになって、TIME誌上では『世界でもっとも重要なバンド』の一つに選ばれて。 たしか、『ロミオ+ジュリエット』のサントラに参加した直後はまだ、「とても有望なオルタナティヴ・バンド」のひとつって捉えられ方やったのになあ。映画のヒットもあってか、『OK Computer』がグラミーでベスト・オルタナティヴ・アルバムに輝いてから追い風が突然強くなった印象が、ある。 "Creep"はまぎれもなく心に強く残る曲だった。『Pabulo Honey』のそれ以外の曲は、たんなる新人ギター・バンドの曲、にすぎなかったけれど。『The Bends』も好きだ。エッジの効いた鋭い乾いた音は、(ぼくのなかでは)U2以来のバンドという気がしていた。creationレーベルから飛び出したadorableというバンドも、似たようなソリッドな音と泣きのメロディを聞かせていたけど、『The Bends』のもつ"手触り"はなかった。当時、MASSIVE ATACKの連中なんかもフェイヴァリットに挙げていて、コラボレートしたくらいに、時代の先端の手触りを確実にもっていた。まさしく、オルタナティヴ、だった。 ぼくが『OK Computer』に馴染めないのは、SUMASHING PUMPKINSの『adore』を受けつけなかったのと同じで、たぶんに「ギター・バンドが導入する打ち込みリズム」に対する抵抗というのもあると思う。『Screamadelica』のような、アシッドが触媒になった錬金術的マジックはなく、どうしてもちぐはぐに浮いて思えるからだ。"Karma Police"のB面でクラブを意識したようなトラックを入れる意味もわからなかった。 そして、(これはベルセバを受けつけないのと同じで)美しいという以前に、途方もなく暗い。聞いてると、出口がどこにあるのかと求めて彷徨って、結局見つけられないまま終わってしまう。でも周りの友人たちはこぞって「家で聴き込むとすごくいい」と口にしていた。ふだん、ぼくがとても好きなRIDEやMOGWAIを「暗い」と言って敬遠していた奴が。そんなにみんな、内に抱え込むモノを、やり場もなく、ただ持っていたんやろうか? そんなとき、ぼくならネーネーズとか沖縄音楽を聴くけどなあ。例えばRIDEやMOGWAIを聴くのは漂いたいときで、RIDEにもMOGWAIにも、現実と白昼夢の間を漂ってると、たとえ内に向いた光でも、そこに白い光が射してくるような感覚を覚えるのだけれど。 だから、ぼくには『OK Computer』以降の評価がわからなかった。わからないまま、この日、レディオヘッズのYoheiくんに促されるまま城ホールに足を運んだ。前日のYoheiくんのレポートをMAG誌上で読んでいて、彼の感じた違和感がどういったものだったのかも興味があった。そして勿論、REDIOHEADという世界的なバンドが見せるライヴ、にも。 メンバーが姿を現したときの歓声は、世界的なバンドにふさわしいくらいに、物凄かった。でもそのときから、バンドにどこか「ぎこちなさ」を感じていた。トム・ヨークが、自閉症患者のようにせっかちに手を振り、落ち着きなくマイクを握ったときから。 セットが進むにつれて、トム・ヨークのテンションは急カーブを描いて張り詰めていった。でも、そのテンションの上げ方がなにか違う。他のバンドとは明らかに。およそライヴなら、よく客からエネルギーをもらうと言うように、オーディエンスのテンションを受け入れて、その相乗効果で作り上げるものだろうけど、トム・ヨークのそれは、壮絶なまでに、ただひたすら自身の内にあるものを吐き出し続けることによって成立している気がする。成立というより、それによって存在している、と言うほうがあってるかな。淡々と、というよりも、ただ切々と。痛々しい姿を曝け出すことによって。(ライヴ後、ぼくが呆気にとられて「トム、あと何年かのうちにポックリ逝くんちゃう?」とYoheiくんに言ったら、「いや、ぼく『OK Computer』のときから、先は永くないな、と思ってましたよ」と言われた) だから、だ。演奏が熱を帯びていくのと同じように観客の反応も当たり前のように熱狂的になっていくのだけれど、観客が熱狂的になればなるほど、ステージとの距離は開いていくような気がした。『別の惑星に機材を持ち込んで、そこから音を鳴らしている‥‥』 なるほど。そういったテンションをステージで見せるバンドは、ぼくにはあまり記憶がない。他のメンバーは、そんなフロントマンの姿を暗黙のうちに見守るように、各々の役に徹している。ストーリー上の自分の配役の意味を熟知しているように。 たぶん、そこまでは前日と変わらないノリやったんやろうな、と思う。それが、セットも中盤から終盤に差しかかり、"Exit Music"を終えた頃に、しきりにトムが"Thank you"という意を込めた「オオキニ」(当たり前か)という言葉を口にするようになり、曲の途中でピアノを離れ観客を両手で煽り、ブレイクに手拍子を求めるようになる。みんなもそれが嬉しくて仕方がないようで、そうすると、とたんに演奏もいっそうキレ始める。ぼくですら、自然に拳を突き上げていたのだから。美しいAメロから轟音のサビが展開される"Paranoid Andoroid"なんて、真っ赤な照明にも照らされて、とても堂々として、セクシーですらある。でもそれは"ロック・バンド"的なタフさやフィジカルさとは無縁のセクシーさ。なんやろう? アウトサイダー・アートのもつそれ? とも違うか。やっぱり形容し難い。たぶん、たぶんやけど、人間の弱さを曝け出してそれを武器にできる男のもつセクシーさ、かな。ようわからん。 おそらくトム・ヨークは、ステージでそこまで吐き出して初めて、やっと観客と歌を、曲を共有できるのだろう。この日、2回のアンコールを終えてステージを去るとき、ほんとうに深々と、そして何度も観客に向かってお辞儀をしていた。自分の内に抱え込んだモノを、そしてそれをただ吐き出すことでしか表現し得ない自分を受け入れてくれた、この日のみんなに対しての彼の誠意の証しだったんだろう。そういう意味では、とても希有なバンドなのかもしれない。 ライヴを終えて「今日はいいレポート書けるんちゃう?」と声をかけたときのYoheiくんの、嬉しさと照れをわざと押し殺したのような表情が印象的だった。それでもやっぱり、みんながRADIOHEADを聴くときはどんなときなのか、教えてもらいたい。ライヴを見終えた後、さらにその疑問が強くなったから。 Reported by Kodama. 無断転載を禁じます。The copyright of the text belongs to Kentaro Kodama. They may not be reproduced in any form whatsoever. To The Top. |