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フジ断念を決意したときは、意外と自分でもあっさりしてたけど(その代わりに藤原紀香に微笑まれもしたし)、このまま仕事だけで夏が終わってしまってもなんか後悔しそうなんで、日曜日、一日だけ休みを取って行ってきました。ほんとは激忙しかったんやけど。 ベイエリアとあって、雰囲気はFRF'98のときの豊洲と似てる感じ。フジのGREEN STAGEよりも二回りほど小さいステージ1が、駅からはちょうどZEPP OSAKAと反対の方角にすぐ見える。ツレの「あんときは、めっちゃ歩いたのになあ」という言葉で、当時のことを思い起こしながら会場入り。朝の10時半、すでに日射しはなにか異常な執念で照りつけてるから、PAテントよりも前方の隣接する高層ビルが落とす影のなかへ、体を海の方へ向けて、ヨットの帆のように、吹き抜ける風をなんとか捕まえようとしているうちに、太陽はみるまに真上に移動し、心地よい日陰を瞬時に掻き消してしまった。 なんか、サバイバルの様相か? なんでこんな真夏に野外フェスなんかするんやろ、と思わず疑問に思ってしまった。日頃の疲れが溜まった体に暑さはとくにこたえる。セーヴしていこ。最近、夏バテ気味やし…。 そんな懸念は、REEFの期待どおりのパフォーマンスの後で現実味を帯びてくるんやけど、なんせREEF、心掛けようとしていたペース配分は1曲目の"Place Your Hands"から狂わされっぱなし。とくにゲイリー、ひょいっとステージを降りて、レールカメラの台や最前列の手摺に登っては、猿のような格好でマイクを握り、「ハハッ」と大声で何度も笑いすぎ。そんなメンバーの親しみやすいキャラと、バンドの、OCEAN COLOR SEANよりも全然モッドでハッピーなグルーヴにつられて、だれもが自然と笑顔で飛び跳ねてしまう。なんせ、ステージでハンディのヴューファーを覗いてるカメラマンまで笑ってたから。ぼくは、そばにいた女の子がゲイリーを一目見て、「ボン・ジョビみたい」って言ってたのが一番笑えたけど。おかげで終わった頃にはちょっとクラクラきてました。あ、やばい。とりあえず休憩と昼食を取りにATCに涼みに行く。ちなみにその前のMUSEの感想は、ニック・ケイブの物真似してる人がワルツでロックしてるみたいやった。いや、なんか三拍子の曲が多かったんで…。 休息を終えて、ステージ2のSIGUR ROSをチラッと覗く。こちらは一転、真っ暗でひんやりとしてアンニュイな雰囲気。そんななかで淡々と演奏してる彼らのサウンドが、よりいっそう静寂を際立たせる感じ。後ろの方では、コンクリの床に寝そべってる人が何人もいた。PAも、もっとグワングワンに回るのかと思ってたら、結構いい。ZEPP OSAKAよりも数段マシ。で、それに続くCOLDPLAYはUNBILEVABLE TRUTHと似た雰囲気かな、アコースティックで歌い上げ系。隣にいた女の子がツレに「なんて名前のバンドですか?」 って聞いてた。でも2曲目以降もまったく同じ曲調なんで、ちょっと閉口。時間を見て、ステージ1に移動。復活、ARESTEDやぁ!! じつは昼飯食ったあと、予想以上にバテてたんでちょっとヘコんでたんやけど、ツレの「生"Ease My Mind"やでぇ」の一言に思わず「いいなぁ」とぼくも復活。結局、"Ease My Mind"と"Revolution"は聴けなかったが、"Tenesie"と"People Everyday"が、それぞれ2曲目とラスト。久しぶりに大合唱した。ツレは「DE LAとA TRIBEは人生の教師」って奴やし(じんちく無害ってクルーのDJやってる。年甲斐もなく)、ぼくもその2組やPHARCYDE、JURASSIC 5なんかが大好きで、ARESTEDはUKチャートで初めて聴いた記憶がある。当時、アシッドジャズやジャズファンクが好きで、THE BRANDNEW HEVIESがPHARCYDEなんかと共演してたりしたけど、ARESTED DEVELOPMENTのようなスタイルって斬新やったもんなあ。ステージも、イーデーが踊りバーバーはピエール瀧と化す、そのまんま。欲を言えば、ウッドストックに出たときのようにフルバンドを従えてやってほしかった。で、そのあと、DRAGON ASHを遠目で見つつステージ2へ移動。最近のDRAGON ASHってB’zのヒップホップ版ってだけ、って気がする。昔は違ったらしいが。 ステージ2ではちょうどSUPER CARの真っ最中。多感な青春時代をクリエイション、4ADとともに過ごしたぼくには、このての音って大好きなものなんやけど、今の時代にやる必然性ってないよな、とも思った。なにかが足りない。なんやろ? REEFにはあったモダンさ? でもそれってなに? オリジナリティかな。日本人の英語の歌って、なんかメロが弱くなるような気もするし。時代は確実に過ぎ去ってゆくってことか…。いやいや、まだ青春まっただなかやで! 証拠にツレは「JB見に行ってくる!」と飛んでいき、ぼくは次のGRANDADDYでそのことを証明するために、セットチェンジの間、地べたに横になって目を伏せて待つ。冷房のなか、汗が冷えて体温が下がってきたので、雨具用に持ってきたウインドブレーカーを羽織る。会場のBGMはなぜかブルーグラスやスワンプ、『The Software Slump』の裏ジャケの、casioを抱えたテンガロンハットの男を思い出す。なに見てんのやろ…。すると照明がともり、暖かな歓声、"マリアよ讃えよ"の賛美歌とともにメンバーが登場し…。楽器やエフェクターのチューニングを確かめたあと、観客には目もくれず "Hewlett's Daughter"に突入。中央の2段のキーボードの前に陣取ったジェイソンが背中を丸めて鍵盤を叩き、合間に抱えたギターを熱っぽく掻き鳴らしてリフを決める。予想以上に重いタムとキックを繰り出す巨漢のドラマーは、ビートと同じように次々と煙草を燻らせ、キーボードは「あ、おれのパートが来た!」と言わんばかりにほとんど片手で演奏し、ギターの奴はマイクも立ってないのに嬉しそうにずっと歌詞を口ずさんでるし。ベースは見た目の地味さといかつさとは裏腹にハスキーで美しいコーラスを聴かせてくれる。そうやねん、なんかめっちゃアンバランスやのに演奏は想像以上にアグレッシヴでロック。それでいて儚い。宅録ローファイバンドって形容詞がつくから、もうちょっとこじんまりとピコピコしてるのかと思ったら、全然魅せてくれる。ろくにMCもせずに、曲と曲の間にジェイソンが自分で急いでMDを入れ替えて、賛美歌やSEを鳴らしてる姿には、微笑ましい青臭さを垣間見れたけど。ふとステージ袖に目をやると、次のFLAMING LIPSのメンバーがそんなGRANDADDYのステージを見ていた。腕を組ながら、ときどきメンバー同士会話を交わしてる姿は充分、真打ちって貫禄を感じとれる。次も楽しみやなぁ。 意外だったのは、セットチェンジの間にかなりの観客が入れ替わってたこと。しかもステージ最前列で。LIPSよりもジョンスペって客と、GRANDADDYはいまいち知らんからJB見てたかどっかで休憩してたLIPSファン、ってのが多かったんかな? たちまち最前列はそんなオーディエンスで埋め尽くされる。ちなみにツレはGRANDADDYの途中で戻ってきました。「始まってないか、携帯にかけたのに」って。ごめん、気付かんかった(笑)。前半見逃したのを悔やんでた。ステージ上ではウェインの仕切りでセットが組まれていく。セットはセンターに固められ、両端にキーボード、中央にドラ、その周りを色とりどりの花々が取り囲み、そこにスクリーンが運び込まれると、観客からオォッ!というどよめきがあがる。すべて期待の現れ。そして黄色いレインコートに着替えたウェインの挨拶があり、スクリーンにカウントダウンが写し出され、ウェインが渾身の力でドラを打ち鳴らし、"Race For The Prize"のオーケストラが高らかに鳴り響いてショウは幕を切った。ウェインがのっけから金粉をオーディエンスに向けてまき散らし、兵士を鼓舞するマーチングバンドの指揮者のようにドラを打ち鳴らす。ピストルでこめかみを打ち抜かれるベトコン、オーケストラのシンバルに合わせて繰り返し爆発する核のキノコ雲、進軍する兵士、角膜摘出手術、たぶん歌詞のメッセージに添った映像は、次の"The Gash"でエアロビを踊るパツキンおねーちゃんたちのお尻のアップや、ヴァーチャル・ドラマーのようなユーモラスなものに変わり、ウェインは"The Spark That Bled"じゃお約束の血糊をベットリと額に塗りつけ、他の曲じゃカエルのぬいぐるみを左手にはめては口をパクパクさせ、ゴミ袋に詰まった大量の風船を次から次に観客に向けてほうり投げ、空調のせいで全部ステージに流されて戻ってきた風船を拾い上げては、ビートに合わせてマイクの前で破裂させる。そして何度も拳を突き上げる。観客の女の子の愛の告白(?)にも余裕で受け答えていたウェインって、ファンの間じゃヴィンセント・ギャロ顔負けのセックスシンボルなんか? 事実、ひとりで見てた女の子も多くて(彼氏はジョンスペに行ってたのかもしれませんが)、ぼくの隣のバンダナ捲いたこもそんな感じで、終始笑顔で、胸の前で自然と握られた手がときどき無造作に動くのが可愛かったです(笑)。サーファー風体の白人男性が嬉々とジャンプしてたけど、欧米でのLIPSのライヴってどんな受け取られ方なんやろ? GRANDADDYと同じように、音はもう想像以上にロックでサイケ、ステージの脇の白い壁にぼんやりと照らされた、ギターのネックやウェインの拳の影が、THE VELVET UNDERGROUND&NICOの「Plastic Exploding Inevitable」のショウの映像とふとオーヴァーラップした。アルバムを一聴しただけではピンとこなかった、サイケデリックという形容詞が理解できた気がした。60年代や80年代と違うのは、ポジティヴでどこかバイオティックなサイケデリア、未来に向けた確かな足取り、その高らかな進軍マーチの背後では、しっかりと過去を見つめ直すこともする、そんな宣言のようで、だから、小谷女史が前の日に「虹を見た」のとダブるように、奇しくも最後の曲が"Over The Rainbow"だったことが、とても印象的に思えた、改めて。そういえばカラフルにゆらゆらと舞った風船は、音楽に祝福された虹のようでなくもなかったな。 以上、虹つながりでまとめてみました。 Reported by 児玉憲太郎. 無断転載を禁じます。The copyright of the text belongs to 児玉憲太郎. They may not be reproduced in any form whatsoever. To The Top. |