フィオナ・アップルが単に「素質ある女の子」でないことは、2枚のアルバムを聴 けばすぐにわかる。少女の透きとおる声も、ドスの効いた声もハスキーでアンニュイ な声も。自在に行き来するミラクル・ボイス。それでも、この日初めて生のステージ を見た私は、実は彼女がディスクの中に刻み込んだものなんて、その魔法のほんの一 部でしかなかったのだと思い知らされた。彼女は、まだその力量のほんの一部しか見 せていないのかもと疑いたくさえなる。それほどまでに本物の彼女が放つものは、圧 倒的であった。
定刻の6:30から10分ほど過ぎて、バンドのメンバーとともに、フィオナが登場。 客席は早くも総立ちでお出迎えだ。ステージ左手のグランドピアノに向かい、『真 実』のアルバム同様、ON THE BOUNDでスタート。ステージ側に面したピアノの側面 に、何か銀色の線がぎっしりとはりめぐらされているのが見える。何だか鉄条網みた いだ。そこに座っているのは、かわいらしい女の子のはずなのに、力いっぱい搾り出 される声の凄まじさに触れた瞬間、思わず鳥肌が立ってしまった。そして、曲はTO YOUR LOVEへと続いていく。
エネルギッシュ? いや違う。いったい何と言えばいいのだろう。それは絶対にふ つうの20歳そこそこの女の子が放つ明るいパワーとは異なる。その強烈なオーラにぐ いぐい引き込まれていく。まるで、もう明日声が出なくなってもかまわないと言わん ばかりの圧倒的な叫び。心の震えがそのまま変換されたかのようなビブラート。小柄 な身体から搾り出されるその声に、大げさかもしれないが、ジャニスやニコが頭の中 をよぎった。壮絶な孤独を歌って散った先輩たちがたどり着いた世界を、彼女はもう かいま見てしまったのだろうか。
ステージに出てきて歌う時も、顔をくしゃくしゃにして叫び続けるフィオナと、対 照的にただ淡々と演奏をこなしていくバンドの音。それに身をまかせて踊る姿も、ま るで何かが乗り移っているかのように妖しげだ。時々「ゲンキ?」「タノシンデル ?」なんて日本語も飛び出すものの、曲が終わった後の拍手や歓声にもさほど反応す ることもなく、ひたすらに歌を続けていくクールな女王様。
そんな彼女が終盤 I KNOW を歌う時、ピアノの側面が突然、星を散りばめたように 輝いた。鉄条網に見えた銀線には、無数の電球がついていたのだ。自分の作品の中 で、唯一のハッピー・エンドな曲と言っていたラヴ・ソング。その歌にだけ明るく輝 くピアノ。ああ、こんな一瞬の光があるから、あそこまで壮絶な歌も歌い続けること ができるのかもしれない。そう思っていると、勢いよくステージヘ飛び出してきて、 「じゃあ、バンドを紹介するわね」と、びっくりするぐらい明るい声でメンバー紹介 を始めた。さっきまでの歌の圧倒的な重さとのギャップに面食らいながらも、ふつう 彼女ぐらいの年の女の子って、こんなノリだよねと納得。何だかホッとしたところで A MISTAKE、FAST AS YOU CAN と続いて、いったん終了。
アンコールは、ジャズのトラディショナルなナンバーだろうか。マンハッタン・ト ランスファーがやってもおかしくないようなスイングの曲とさらに1曲。ステージを 去る瞬間、「歌」からようやく解き放たれた彼女の笑顔が何ともチャーミングだっ た。フィオナは、これからも泣きたくなるほど延々と、あの笑顔と壮絶な歌の谷間を 往復せねばならないのだ。そう考えると、何か痛々しくさえある。だけど、きっと神 様は、その戦いを超える無限の力も彼女に授けているに違いない。
Reported by 小谷育代.