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「ROCKは、まだまだ救われる」 思考回路をブッ飛ばされ、全身の力を感じない無重力の大阪城ホールのなかで、 私のアタマの中に浮んできた言葉がこれだった。 別にいままで「ロックは死んだ」なんて思ってなかったし、 「ロックに救ってもらいたい」と思ってたわけでもない。 けど、“hurt”が海風に消える砂の城のように美しく跡形もなくフェードアウトし、 「終わったんだろうか?」「そうかぁ・・・終わってしまったんだ」と自問している とき、 ROCKの懐の深さ、可能性の大きさを啓示し、潔く消たショウを思い起こそうとする度に、 この言葉が沸きあがってくるのである。 白状すると、実は開始直前まで、勝手に「観念的で閉鎖的なライヴ」を想像していた。 そして、それがトレントの存在場所の位置なら、 オーディエンス置き去り気味のそれでも良いと思っていた。(←しかし思い出してみ たら、 事前にビデオで観ていたライヴはそんなモノでは無かったんだけど。)でも多分それは、 私のこのライヴに対する期待が大き過ぎたからだと思う。万が一、「期待していたラ イヴ」が 見れなかったときの言い訳を、最初に用意しておいたのだ。 そして、そんな私のちっちゃな小細工などブッ飛ばす巨大なモンスター(←音)は、 あの場所にいた全ての人を、身体の力が抜け思考が止まり幽玄離脱したかのような宙 の世界、 巨大な「無」のな中に連れていったのである。 「無」の中で生きずく生命体。それを、ライヴの間ずっと感じていた。 中盤の演出で、ステージ全体に霞をかけたようなスクリーンに、 数々のモノクロ映像が映しだされる。その映像は、水泡や波を淡々と 無機質に流してるだけなのだが、なぜか強く感じる生命力。 それはスクリーンの後ろで演奏されている曲にも言える。 “la mer”等の『THE FRAGILE』に収録されているインストたち。 私はこのライヴを聴くまで、これら曲の真の魅力に気づいていなかったように思う。 美しい曲の上っ面だけを見ていたようだ。 そして血流のRGBカラー映像がスクリーンに映しだされたとき、言葉にできない感動 が突き抜けた。 カァーッと熱くなり身体中の血が堰を切って流れ出す感覚。 そしてその時、私の中で失いかけていた「自分への自信」が、再び浮いてきたのだ。 (←なんだかこう書くと、くっさいショウみたいで恐縮ですが。) すべてを失った暗闇でまず感じるのは、自分の生命力だ。 そこで自問自答を繰り返して、確認する。「まだ、生きている」と。 今回のライヴで私は、(意外にも)この「生命力」を強く感じたのだ。 あの大きな大阪城ホールで、邪魔な椅子席で、席はアリーナ後ろで トレントなんか小指くらいにしか見えないのに・・・私はただ、ただ、感動して泣い ていた。 “the day the world went away”この曲を目の前で聴けたしあわせ。絶対忘れない と思う。 しかし、やはり座席指定は不粋でしょう。檻に入れられたサルみたいで不快。 アーティストにもオーディエンスにも失礼です。
Reviewed by 浦山 |