ジョー・ストラマーに会いに行こう
「ロンドンでプリテンダーズのライブ見てたらさ、目の前を"excuse me"って言いながら横切って行く人がいたんですよ。よく見たらジョーストラマーでさ、片言の英語で、必死に話しかけたからね。ロンドンズ・バーニングのイントロ部分歌ったら、テンテケテッテッテーン! って一緒にリズムとってくれて。日本から来た見ず知らずの酔っ払いにも気さくに笑顔を見せてくれて、嬉しかったなあ」
以前"勝手にしやがれ"の武藤昭平さんにインタビューさせてもらったとき、こんな話をしてくれた。'74年の5月に"101'ers"を結成以来、"THE CLASH"、"JOE STRUMMER&THE MESCALEROS"と亡くなる直前まで「パンクの父」として君臨し続けたジョー・ストラマー。ランシドやU2、オーディオスレイヴ、国内でもハイロウズやミッシェル・ガン・エレファントなど、彼から影響を受けたというアーティストの数は、限りを知らない。アルバム"LONDON CALLING」は、20世紀を代表するアルバム100選に選ばれ、"THE CLASH"は2003年、ロックの殿堂入りも果たした。そんなジョー・ストラマーゆかりの品々を、渋谷で見ることができる。12月9日から始まった"JOE STRUMMER EXHIBITION〜PAST,PRESENT & FUTURE〜"。開催が始まった9日、レセプション・パーティにお邪魔した。
当日は、永瀬正敏や元ミッシェル・ガン・エレファントのアベなど、ロック・セレブも姿を見せてたことからも、ジョーストラマーという人物が、いかに多くのアーティストに影響を与えてきたかがよくわかる。そのくせ、ファンからせがまれたサインにも気軽に応じるなど、すごい人っぷりを鼻にかけるところがない。どころか、ライブ後に彼の出待ちで残るファンを帰そうとするスタッフに、「ファンとのコミュニケーションこそが俺の仕事だ」と言って怒ったなんていうエピソードまで。だからこそ、彼の死後も彼を慕うファンは減ることがないのだろう。
展示品を見ても、ジョーの写真はもちろんのこと、彼自身が大切に取っていたという数々のファンレター、手書きのコード進行表、自身の手でタイプしたという101'ersの歌詞、あるいはフジロックやグラストンバリーで実際に使っていたというテントも張られている。さらに会場には、グラストンバリーでのキャンプ・ファイヤーを模した一角まで。フジロックや朝霧ジャムでのキャンプ・ファイヤーを楽しみにしていた彼らしい展示物といえるだろう。その中でも特に目を惹いたのが、ファンが撮ったという一枚の写真。82年にCLASHで来日した時のものだが、新幹線の中にいるジョーとミックが、外のファンから窓越しに向けられたカメラに、ジョーなんか席から立ち上がってまで笑顔で応えてる。彼の優しさ、温かさ、ファンへの愛情が溢れていることなど、改めて言うまでもない。
ちなみに物販コーナーでは、ジョーが着てるコンバット・シャツのレプリカが、101枚限定で売られていた。この展示会のホームページで彼が着ているものと同じタイプの、胸に「PASSION IS A FASSHON」と書かれたシャツ。ファンなら垂涎の的だろう。22日まで残っている保証はない。今すぐシャツを買いに行って、22日にはもう一度ジョーに会いに行くってのもいいかもしれない。このシャツを始め、Tシャツや入場料などの売り上げの一部は、生前の彼が始めた「Strummerville(ストラマーヴィル:貧困のために活動できずにいるアーティストを助けるための基金)」に寄付されることになっている。ジョーの置き土産を、僕らの手で盛り上げていこう。
実は、これを書いている僕もジョー・ストラマーのファンであり、彼が亡くなったと知った時には、fujirockers.orgにジョーの追悼BBSを作ってほしい、とメールを出したひとりだったりする。その週はジョーを追悼しようなどと考えて、右の腹あたりにCLASHのパッチを付けた鋲ジャンを着て、何年かぶりにロンドン・ナイトへ出かけた。当然そこでもジョーのことは一番の話題で、ジョーのレコードしか持ってきていなかったshojiくんが掛ける曲にあわせて、叫んでいたことをよく覚えている。一度だけではあったけど、メスカレロスでの来日時、朝霧ジャムでこの目に彼の姿を焼きつけることができたのは、本当にいい思い出だ。
12月22日、「パンクの父」が「ロックの神様」となってから、ちょうど2年が経つ。もちろん、22日にはまたジョーに会いに行くつもりだし、それ以前にジョーとお揃いのシャツを買いにも行きたいと思っている。
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