フランツ・フェルディナンド大公に捧ぐ3枚
フランツ・フェルディナンドをどう聴くのか?多分10代〜20代はストロークスなんかの流れで聴くだろう。だけど、80年代から洋楽を聴いているおれなんかからすると、デュラン・デュランやスパンダー・バレエの初期を思い出す、というか「グランジを通過したデュラン・デュラン」と言うのが適当かもしれない。何せ「女の子が踊れるような音楽を作る」なんていうフランツのコンセプトは、まさにデュラン・デュランがやってたことなんじゃないかと。
80年代初頭にパンク/ニューウェーヴの流れでシンセサイザーを使い、きらびやかな衣装で一世を風靡したバンドが多く出てきた。グラムロックの再来みたいな趣きで、それらのバンドたちのムーブメントはニューロマンティックス(略してニューロマ)と呼ばれた。まあ、このムーブメント後に生き残ったバンドもソウル/ファンクぽくなったりして、80年代中盤には大方のバンドは消え去った。派手でキャーキャー言われたバンドの常として、あだ花的イメージがあり、あんまり積極的に評価されてない気がする。だけど、シンセサイザーの使い方やダンスフロアを意識したリズム作りは近隣のジャンルであるエレポップ(デペッシュモードやニューオーダーなど)と共にハウス/テクノに影響を与えたし、衣装やメイクはニューロマのお父さんのグラムロックの流れで日本のヴィジュアル系に影響を与え、彼らの撒いた種はしぶとく受けつがれている。
さて、ニューロマというと日本でもデュラン・デュランやJAPANなんかは有名なんだけど、どうも地味な感じになっているのがULTRAVOX関連である。magのtoddyなんか「CD屋でU2を探して"U"のところを見てるといつもULTRAVOXがあって何なんだろうなぁと思ってた」などと言う。第二期ウルトラヴォックスの中心人物であるミッジ・ユーロなんかバンドエイド〜ライヴエイドの中心人物でボブ・ゲルドフと共に働いたら、そこで燃え尽きてしまったような感じだしな。だけど今聴いても全然色あせてなく、むしろムーブメントも何もない今の方がきちんとこのバンドを評価できるんじゃないかと思ったのがこの文章を書く動機になっている。
■Ultravox『Systems of Romance』
今回紹介するアルバムの中でフランツ・フェルディナンドの音に近いのがこのアルバムだろう。ウルトラヴォックスは1977年にデビュー。1stアルバムはブライアン・イーノプロデュースのエレクトロ・パンクだった。ドイツ人のコニー・プランク(ジャーマンロックやエレポップ界に多大な影響を与えたエンジニア/プロデューサー)がプロデュースしたのが、78年に発売された3rdアルバムの『Systems of Romance』である。当時、この内容なのに全く売れなかったらしい。本当に信じられない。別に難解でも何でもなく、スタイリッシュでソリッド、そしてエレガントなロックなのだ。
当時としては斬新な音作りで、YMOはこのアルバムを聴いて『ソリッド・ステイト・サヴァイバー』のベースを作り変えたらしい。今の耳で聴くとそんな新鮮さは感じられないけど、その代わり格好いいギターが鳴るロックとして楽しめる。ゆっくり立ち上がってくる"Slow Motion"、キャッチーなメロディの"Someone Else's Clothes"、鋭いギターのリフが鳴る"Blue Light"、パンキッシュな疾走感のある"Some of Them"、ヴォーカルのジョン・フォックスのキャッチフレーズとなった"Quiet Men"、ワビサビを感じさせる"Just for a Moment"まで、他の曲も捨て曲なし、完璧なロックアルバムである。
■Ultravox『Vienna』
さて、『Systems of Romance』を発売後、ツアーをやろうにもレコード会社からのサポートがなく、自腹を切ってアメリカツアーをしたのだけど、そこでジョン・フォックスと他のメンバーの溝が深まって、ギターのロビン・サイモンと共に脱退してしまう。しかし、皮肉にもその直後、ゲイリー・ニューマン(当時最先端なルックスとカリスマ的言動、エレクトロサウンドを駆使して人間社会の疎外を歌った。なんつーか音楽は違うけど、ナインインチ・ネイルズのトレント・レズナーみたいな存在だった人)がヒットを飛ばし、彼が「尊敬できるのはジョン・フォックス」と言ったので、にわかに注目を浴び始めた。レコード会社は手のひらを返したようにベスト盤をリリースしたり。彼らの時代がやって来つつあった。
そんな最中に、ヴォーカル&ギターにミッジ・ユーロを迎えて第二期ウルトラヴォックスを始め、80年に『Vienna』を発表した。ジョン・フォックス時代と比べエレクトロ色が強まり、ややソフトに洗練されたものになっている。日本では、このアルバムから"New Europeans"がCMに使われたりした。まずはシンセサイザーにヴァイオリンに踊れるビートが気持ちいいってある意味ROVOの原型?の"Astradyne"、そこにギターのリフが切り込んできて"New Europeans"。ミッジ・ユーロという人は、元セックス・ピストルズのグレン・マトロックのリッチ・キッズという、今で言えばグリーンデイに通じるようなパワーポップに近いパンクをやっていたり、シン・リジィというハードロックバンドで、あのゲイリー・ムーアが抜けた代わりにライヴでギターを弾いたりと、いろんな経歴を持っていてギターを豪快に鳴らすことが出来る人である。ピアノ美しいイントロから一転ギターが唸りを上げる"Private Lives"や、めちゃくちゃ格好よく疾走していく"Sleepwalk"など捨て曲なしで充実しているのだけど、やっぱりハイライトは"Vienna"だろう。ミドルテンポで優雅で美しいピアノやヴァイオリンが舞うこの曲は、まさに名曲。エレガントかつゴージャスな世界が繰り広げられる。「Vienna」とはウィーンの英語表記で、オーストリアの首都であり、サラェボ事件で暗殺されるフランツ・フェルディナンド大公はオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子なんである。おお、話がつながった。この曲からオリジナルアルバムではラストになるエレクトロニック・ロックンロールの"All Stood Still"に雪崩れ込み、ギターソロが暴れまくる展開が素晴らしい。
このアルバムは当時「テクノポップ」とも言われたりしたのだけど(レ
コードの帯にも「テクノ」という表記があった)、今の「テクノ」とはもちろん違って、基本的なバンド編成で演奏されていて曲自体が今の耳にはそんなに斬新なわけではない。だけどDJ ツヨシなどハウス〜テクノ界隈でウルトラヴォックスからの影響を公言している人は多いし、例えばBLURの"Trouble in the Message Centre"なんかモロにウルトラヴォックスだし、影響力は実はかなりある。いろんなことが確かにここから始まっているのだった。
■Visage『Visage』
さて、『Vienna』のエレガントでゴージャスな世界で毎晩繰り広げられている舞踏会といった感じなのがこの81年に発売された『Visage』である。このアルバムはスティーヴ・ストレンジという人が中心になったプロジェクトでリッチ・キッズからラスティー・イーガンとミッジ・ユーロ、ウルトラヴォックスからビリー・カーリー、マガジンからデイヴ・フォーミュラとバリー・アダムソン、スージー&ザ・バンシーズからジョン・マクガフが参加している。このプロジェクトは78年頃から始まり、1stシングルは79年の発売なので、ミッジ・ユーロからすればリッチ・キッズからウルトラヴォックスに移る過渡期に携わっていたことになる。このアルバムはウルトラヴォックスよりポップで華やかで、ニューロマンティックスの喧騒を伝えているように思える。スティーヴ・ストレンジはクラブのDJで、フロアの現場に即した音作りを目指していた。歌だって下手な部類だし、ルックスだって相当怪しいし、音楽的にはミッジ・ユーロが主導権を握っていて彼が抜けてからは悲惨な末路を辿ったように、ストレンジ自身に才能があったわけでもない。だけど、ここには短いながらも一瞬の輝きを見せた魅力が詰まっている。
4つ打ちのキックに美しいピアノに導かれて新たな時代の到来を宣言するディスコナンバー"VISAGE"、ノリのよいギターのリフとサックスが交差する"The Dancer"、「タバコは体に悪いよ」と、何故かタバコの害を訴える(それでいて裏ジャケットはタバコ片手のストレンジの写真)"Tar"、フランス語がヨーロピアンな演出して美しくデカダンスな"Fade to Grey"、クリント・イーストウッドにささげられたエレクトロ・ディスコパンク"Malpaso Man"、YMOぽい"Moon Over Moscow"など捨て曲なし、絢爛たる世界が繰り広げられているのだ。
このアルバムは意外にもジェフ・ミルズなんかにも影響を与えたという。軟派でポップなこのアルバムとストイックでミニマルなジェフ・ミルズとはかけ離れた世界のようだが、エレクトロを駆使してフロア本位で曲を作るというところはつながっているかも知れない。"VISAGE"のイントロのピアノの音と"Changes of Life"の中に同じく響くものはないだろうか?
80年代後半〜90年代にかけてUKのロックは「オレとダチと街」ばかりを歌うようになった。それはそれで悪くないんだけど、80年代前半にあったコスモポリタンな感じというか、"New Europeans"で打ち出されたヨーロッパ人であることのアイディンティティーはEUの統合が進んでいる現在、先駆的なものだったのかも知れない。で、あるがゆえにオーストリア皇太子の名前をつけたバンドに80年代前半の再来を見るのだ。
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