YES オノ・ヨーコ展 @ 東京都現代美術館 (4/17 - 6-27)
「imagine」が流れ続ける日々の中で
館内に入り、まず出迎えてくれたのは、沢山の棺。新作「エクス・イット」。3つの大きさ。男、女、子供。奥まで並べられたそれらの窓からは、植物が生え出づる。全ての棺からも枝が広がっている。
ジョン・レノンと知り合う以前から、前衛アーティストとして世界的に認められてきた彼女の日本での回顧展。始めての大規模展示。あらゆるジャンルで活躍し、影響を与えてきながら本国でいかに軽視されてきたか、ということでもある。そういうわたしも稀代の大スターが、なぜブロンド美女や富豪の令嬢(オノ・ヨーコも資産家の娘ではあるが)でなくこのカタカナの東洋人を選んんだのかと、10代前半までは謎だった。
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地下に降り、ジョン・ケージとの親好を思い出させる、咳をモチーフにしたサウンドを聴きながら、目に入るものにショックを受ける。アイボリーホワイトにペイントされた梯子、四角いアクリル板から吊られた虫眼鏡。そして足下に「上がらないで下さい」の一言。安全上?フザケている。「天井の絵画」を観られない「YES展」なんて。学芸員らしい若い女性に尋ねると「本当は間近で御覧頂くのが一番だと思うんですけど」そういって虫眼鏡で拡大されたYESの文字が写し出されたモノクロームプリントを取り出してくれた。
オノ・ヨーコのロックは激しく複雑な構造を持つものが多いようだが、アート作品はミニマルに徹している。先程のショックと人の少なさから、ガラスケースに収められた初期作品は誰かの遺品に思えてくる。ハプニングと呼ばれた参加型アートの幾つかもケースの中身と横の説明で想像するしかない。この一種の虚しさを打ち破るのは向こう側にいる彼女が呼び掛けてくる時。「想像しなさい」このフレーズはヨーコから生まれた。彼女のアートは観るものの意識なくしては成り立たない。映画すら。そして、ミニマルなだけに普遍性を持っている。
3つのモニターの並んだコーナー。「War is Over!」ジョンとヨーコの幸福な頃の映像と音楽。彼女は今も希望の光を見ている。過去ではなく、未来に向けての光だ。9.11 の時にもいち早く動いた一人。アートに何が出来るかを知る人。進むにつれ平和の象徴、ヨーコの空を感じられる。
ヴィンセント・ギャロが「ピカソよりデュシャンの方が偉大」と熱弁していた。確かに先駆者デュシャンの存在なくしてはヨーコとジョンがギャラリーで出会う事はなかったかもしれない。(あるいは彼女らの世代が開拓したジャンルになっていた?)けれどこれ程までの感性を持ち、転がるようにしか若い時代を生きられなかったヨーコ。自分自信でい続けるため、前衛的な形を取らざるを得なかった。言葉があり、音がある。決して埋もれたままの存在ではなかったろう。やはり2人はいつかどこかで巡り会い、彼はヨーコの中にあの3文字を見い出したろう、と帰り道そう思ったのは、自分が10代の頃よりもロマンチストになっているからか?
今も棺の中の木々は伸び続ける。わたしは自分が非力であると感じる時、「YES」という言葉を思い出す。
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review and illustration by chihiro
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